05
避けるつもりは、さらさらなかった。
魔法詠唱のモーションを起こさないヴィオラに目を見開く。無詠唱を使えるなんて規格外な噂もあるが、頬をかすってすら魔法が発動しない。
美しい顔、目前に迫った水の刃に冷気が纏う。
「――僕のお姫様になにをしているのかな」
氷の声と呼ぶにふさわしい冷たく凍えた声音だ。思わず肩を竦めた。やっぱり来た。
「ユリア、」
「ヴィオレティーナ、僕の後ろに下がっておいで。躾けのなっていない犬には仕置きをしないと」
ゾッとするほど、美しく冷たい笑みに背すじが凍えた。
ヴィオラがこうして誰かに絡まれていると、どこからともなくユリアが現れるのだ。
人気のない特別校舎だろうが、わかりにく森の中だろうが、だ。ストーカーされているとしか思えない。
「ッ守られることしかできないくせに!!」
「違う。ヴィオレティーナがわざわざ相手にするほどでもないからさ。――”凍えろ”」
いきなり中級魔法だ。
宙を漂っている魔力素が言霊に従い、水の刃をピキピキと音を立てながら凍らせていく。純度の高い、氷の刃となったそれらはふわりと浮かんだままクルンと方向転換をした。
「”貫け”」
「ヒッ……!」
「”霧散しなさい”!」
服を切り裂き、一房はらりと髪が切れる。散らばる金茶髪も、クリスを貫こうとした氷の刃もじゅわりと音を立てて宙に消えた。
きっと、殺す気はなくとも怪我をさせるつもりだった。死んだらラッキー、くらいには思っていたかもしれない。ユリアは、そういう性格だ。腹黒というより、素でやってしまうから怖い。特に、ヴィオラが絡んだとき。
サッと、蒼褪めた顔色でユリアの腕をつかむ。
「行きましょう」
「え? 仕置きが途中だよ?」
きょとん、と綺麗な顔で何を言っているんだコイツは。
「そんなのどうでもいいわ。カフェテリア……いえ、寮でお茶にしましょう。ユリアがわざわざ手を下すまでもないわ」
「君がお茶を入れてくれる?」
「……仕方ないわね。今日だけよ」
パッと笑顔を綻ばせたユリアに安堵の息を零す。
掴んだ手を引いて、歩き出す。
「ま、待て!!」
「――私たちに関わらないで」
はっきりとした拒絶の言葉だ。
蜃気楼のように、二人の姿が滲んで、歪んで見えたクリスは茫然とその場に立ち尽くした。