03
紅茶に舌鼓を打ちながら、妹のお喋りを聞き流す。
運の悪いことに、周囲に月の寮生は見当たらない。自力で逃げるしかないだろう。
「アリス、ケーキを取りに行こう。お姉さんも、君に選んでもらったら嬉しいと思うよ」
ヴィオラから見て右に座った爽やかな笑みを浮かべるくすんだ金茶髪の美青年がクリスことクリスティアン。
仏頂面でコーヒー(砂糖増し増し)を飲んでいる美形がジュキア。どちらも攻略対象キャラクターなだけあり一際顔が整っている。
太陽の寮所属で、アリスのクラスメイトで、現在進行形でアリスに恋心を抱いている青少年である。
「お姉さま! 何が食べたい?」
「……」
「アリスが選んだものならなんだって嬉しいさ。ほら、行こう」
この強制的お茶会に連れてこられてから、ヴィオラは一言も言葉を発していない。
ひたすらに紅茶を飲み、すでに三杯目。
いい加減スカートがキツイが、淑女のたしなみとして決して紳士の前で花摘みになど行ってたまるか。それも、妹を好いている男の前でなんて最もだ。
「あんた、アリスの何が気に入らないんだ」
酷く静かな声だった。
紅茶を見つめていた瞳を上げる。
はじめてかち合った紫の瞳に、ジュキアは息を呑む。
吸い込まれてしまいそうなほど、美しい紫の瞳は、まさに宝石と呼ぶにふさわしい――
「あの子と関わることで、私の命が危険にさらされるからよ」
ハッと、瞳に魅了されていたジュキアは自身をごまかすために咳払いをした。
「なんで、アイツと関わるとあんたが危険になるんだよ?」
「――……運命だからよ。この世界の中心はあの子なの。世界にとって、あの子が一番大切で可愛くて愛しくて……あの子が幸せになるために、世界にとって私は邪魔ものなの。だから、それなら初めから関わらないほうがいいでしょう?」
問いかけているように、それは自分自身に言い聞かせているようだった。
有無を言わさない、強い意志を秘めた言葉にジュキアは何も言えなくなる。
ジュキアにとってヴィオラは好きな奴の姉貴、くらいのイメージしかなかった。
いつもアリスから逃げる、この学園でも一番綺麗な他寮のセンパイ。あっ、いや、一番可愛いのはアリスだ!
なんでアリスから逃げるのかも、アリスと言葉を交わさないのもわからなかった。俺だったら嬉々として会話をするのに。
実際に言葉を交わして、分かった。――この人はすべてを諦めていて、それでいて運命に抗おうとしているんだ。