03
遠くで、始業のベルが鳴る。
どうしてか、スヴェンには素直に甘えることができた。
同じ寮部屋で、ほぼ毎日を共に過ごしているからだろうか。化粧前の寝起きだって見られたし、ネグリジェ姿も見られている。シャワーに一緒に入ろうとしてきたときはさすがに殴ったけれど。
スヴェンがヴィオラに甘々で蜂蜜みたいにとろける優しさを向けると同時に、ヴィオラも自分で気づかないうちにスヴェンに心を許していた。
よしよし、と抱きついてきたヴィオラの頭を撫でる。
苦虫を噛み潰したジュキアに、首を傾げて言葉を紡いだ。
「ねぇ、君にきょうだいはいる?」
「は? なんでそんなこと、」
「いいから、答えて」
「……腹違いの兄がいる、と聞いたことはある」
胡乱げな顔を向けてくる。にんまりと、笑みを深めた。
「僕が君の兄だって言ったら、信じるかい?」
「……は?」ぽかん、と間抜け面を晒す。
胸に顔を埋めていたヴィオラも、思わず「えっ」と顔を上げてしまった。これ、わたし聞いていい話?
腹違いの兄弟とか、泥沼確定だ。
「リージュ・エヴラール。母親の名だろう? 上流貴族の一人娘で、優しく穏やかな性格の女性だ。君と同じ、明るいブラウンの髪と、オレンジの瞳をしている。君がこの学園寮に入るまでは小さな街角でふたり暮らしをしていたんだろう」
つらつらと、歌うように言葉を紡ぐスヴェンに、ヴィオラもジュキアも目を丸くする。
初めは何を言っているのかわからなかった。でもだんだんと、声がゆっくりになって、なにをしたいのか理解した。
「あとはァ……今は学園街のぉ、端っこの小さなアパートで暮らしてるんだっけ? いつでも君に会えるように、わたくしの小さな子にいつでも会えるように! 学園街の十六区画、南の二十三、サフィニアアパート、三階の――」
「やめろ!!」
飄々と、笑みを浮かべて口を閉じる。
顔色を蒼くして、唇を震わせる。
「なぁに? 弟君?」
「お、俺はお前の弟じゃない!」
「君の母親の顔も、父親も知っているのに? 君の父親は、闇を統べる王だった。――ほら、耳を澄ませば闇の這いずる音が聞こえるだろう? 闇はすぐそばにいる。受け入れてごらんよ。今まで見えなかったモノが見えてくるよ」
「さぁ、行こうか、ヴィオレティーナ」と差し出された手を握り、早くこの空間から脱したくて足を動かした。
人様の家庭環境に首を突っ込むつもりはないけれど、スヴェンのこととなれば気になってしまった。
ジュキアはゲームでは闇の御子という二つ名だった。
兄である魔王により、世界が闇に呑まれようとしているのを、妹と阻止をしてハッピーエンド。
ふ、と頭の中が明滅する。
スヴェンとジュキアは腹違いの兄弟というのが事実だとすれば、ハッピーエンドの為に討ち果たされる魔王とは、スヴェンのことなのでは?
ひゅ、と息を飲んだ。
夜を統べる王、吸血鬼、メインキャラと腹違いの兄。
ハッピーエンドへのピースは揃いつつあった。




