01
「ナイトレイさん、あの、」
かけられた声に振り返ろうとすれば、ぷに、と指先で頬をつままれた。
「……なぁに、スヴェン。あなた、いつから構ってちゃんになったのかしら」
「君が僕を放って他所の根無し草に気をかけるから」
理由になってないわよ、という言葉を飲み込んだ。
翡翠の瞳は獰猛な獣のように瞳孔が鋭くなり、ヴィオラ越しに声をかけてきた生徒を見やる。
「ひぃ……! お邪魔しましたぁッ!!」
振り返らなくてもわかる。
後ろにいた生徒はバタバタと慌てふためき足音を立てながら走り去っていった。
学園一の才女と名高いヴィオレティーナ・ナイトレイに憧れや恋心を抱く生徒は数多くいる。
ほとんどが声をかける勇気もない雑草だが、ときおり勘違いをして、やたらと自信満々に話しかけてくる生徒もいる。
見ることも許さないとばかりにスヴェンがガードをするので余計な虫がつく心配もない。
白い花の顔はここのところ機嫌良さげに笑みを浮かべている。以前であれば堅苦しくツンと澄ました横顔のキツイ印象は軟化し、穏やかな雰囲気に声をかけようとする生徒が増加した。
高嶺の花であろうと、声をかけてくる輩はいるもので、その時はユリアがボディーガードみたいなことをしてくれていた。
「……あまり、威嚇するものではないわよ」
「身の丈にあった雑草と乳繰り合ってろって話だよねェ」
「口が悪いわ」
はぁ、と溜め息を吐く。
褐色の肌に墨を垂らした黒髪。キラキラと輝く翡翠の瞳。ヴィオラにしか向けられない甘い笑み。
自身に向けられる熱い視線なんて知らぬ存ぜぬなスヴェンはヴィオラしか見ていない。
先日のプロポーズを思い出して頬が熱くなる。とても情熱的で、心に響いた。あんなにも、人に求められたことない。
「――ユリア?」
視界の端を、白雪の青年が通り過ぎていく。
横目に合った視線は、どこか暗く淀んでいた。
「ヴィオレティーナ」
「……えっ、あ、なぁに?」
透き通った翡翠に少女が映る。
「ヴィオレティーナが気にする必要ないサ」
飄々とした、どこか冷たい声色だった。
スヴェンは、妹が近づいてくるよりも、ユリアと接触することを良しとしなかった。
仲がこじれているのは自覚済みだが、どうすればよいのか分からなかった。以前のように気軽に会話ができない。それ以前に、スヴェンが近づけさせなかった。
「そう、かしら……」
後ろ髪を引かれる気持ちで、スヴェンに手を引かれるままに歩き出す。
黒い黒い影が、底無しの闇のように蠢いていた。




