10
星の寮の監督教師であるフロランタンは、過激な実戦魔法よりも花占いが似合う美人だ。
白い肌に、白銀の髪をうなじでひとつに束ね、伏し目がちの翡翠の瞳は理知的な光を宿している。
生徒思いの先生は、風邪を引いて休んでいた間の授業の遅れを心配して、空き時間に補習授業をしてくれることになったのだ。
「リーデルシュタインと恋仲だというのは本当か?」
「ふぁ!?」
素っ頓狂な声が出て、振り向きざまに手元が狂った。
追尾魔法は集中力を要する上級魔法のひとつ。標的を定めて、魔力が続くかぎり追いかけることができる。
ドゴンッ、とコントロールを失った魔法弾は動く的を外れてフロランタンの頬を掠めていった。
表情を変えることなくチリを払った先生は事も無げに「コントロールが乱れているぞ」と言う。
「先生のせいですから!!」と声を荒げて肩を落とす。集中力が途切れてしまった。
恋バナなんて興味なさそうな顔をしているのに、「で、どうなんだ?」と聞いてくる。
「……付き合っていません」
「ふぅん、そうか。確かに、君にはもっと誠実で落ち着いた人が似合いそうだな」
暗にスヴェンは不誠実で落ち着いていないと言っているのだろうか。
「わたしは、誰かと付き合うつもりはありません」
きっぱりと言い切ったヴィオラに苦笑いをする。
花の十代が何を言っているのやら。
しかしヴィオラの精神年齢は云十歳。今更恋愛に振り回されるつもりはない。
とにかく今は、学生生活を無事に乗り切ることだけを考えている。
「ふむ……次の授業までもう少し時間があるな。前々から気になっていたが、ナイトレイは杖を握りすぎている」
「え、そうでしょうか?」
ぎゅ、と細身の杖を握り締める手は力がこめられている。杖は魔法使いにとって命と言っても過言ではない。
落とさないように、と無意識のうちに強く握り締めてしまっていた。
人生は二度目でも、魔法を使うのは今生が初めて。天才ではないヴィオラは修練を重ねてようやく身につけることができる。
体内の魔力を放出するための媒体として杖を使う者が多いが、水晶玉やアミュレットを使用する魔法使いもいる。
媒体無しで魔法を使うこともできるが、よほど魔力コントロールが上手くない限り、多大な魔力を消費してしまう。
「理想的な杖の持ち方は強く握り過ぎないことだ」
背後に立った先生はぴったりと身体を密着させ、杖を握る手に大きな手のひらを重ねた。
近すぎると思いつつも、いつも通りの無表情の先生に流されてしまう。
「肘の角度は九十度。人差し指を杖に沿え、緩く握る。振るうときは重力に逆らわない」
言うとおりに肘を曲げ、握り締める手の力を緩めた。
「そう、上手だ。身体が強張っていれば魔力の循環も滞ってしまう。ストレッチも魔力をコントロールするには良い方法だ」
上がり気味の肩に手を乗せられる。深呼吸をして、と言われるままに深く息を吸って吐いた。
「――ヴィオレティーナ、迎えに来たよ」
どこか冷たい声色に、脱力しかけていた身体が強張った。
実習室の入り口の柱にもたれかかったスヴェンがいた。
常であれば口元に浮かべられている緩い笑みは引き結ばれて、眉間にはシワが寄っている。
「あ、もうそんな時間……フロー先生、ありがとうございました」
「また、時間が空いたときにでもおいで」
華奢な手指を絡め取られて、足早に腕を引かれた。




