05
ゆっくり深呼吸をして、と耳元で囁かれ、自分が息を止めていたことに気づいた。
大きな手のひらはごつごつとしていて、スヴェンはやっぱり男の子なんだと感じさせられる。
肩を抱き寄せられて、体温が移る。
濡れたままだと風邪を引いてしまいそう。早々に切り上げて熱いシャワーを浴びたかった。
手っ取り早い乾燥魔法があるけれど、あくまでも乾燥させるだけで、冷えた身体は温まらない。
「お姫様は一生懸命なのさ。それを外野がどうのこうの言う筋合いはないって」
「ッお前に何がわかるって言うんだ!」
「なぁんにもわからないよ! けど、ヴィオレティーナが、妹ちゃんのことを怖がっているのはわかるさ。恐怖、畏怖、畏れ――どれが当てはまるかはわからないけれど、それと思しき感情を抱いているのは確かだ」
「なら、」
「けど、妹ちゃんを恐れていると知っていて、君は妹ちゃんと接触をしているだろう」
そうだ。ユリアは知っているはずなのに、アリスと距離を縮めている。
お昼だって、一緒にご飯を食べ、気まぐれに放課後の時間を共にしている。
どうして、なんで!
アリスは怖い。
可愛くて、愛らしくて、誰からも愛される女の子らしい女の子だ。
頭も悪くない。誰にでも優しい、お日様みたいな妹が、羨ましかった。
「嫉妬は悪魔の大好物だよ」
小さく、耳元で囁かれた。
強く、強く唇を噛み締める。嫉妬をするななんて、無茶な話だった。
妹のように可愛げなんてない。いつでも明るくなんてない。誰にでも優しくなんてなれない。
妹と一緒にいればいるだけ、自分の醜い部分が浮き彫りになって出てきた。
だって、所詮この世界は作り物で、紛い物の世界である。
ゲームの主人公に悪役が勝てるはずないんだもの。
「一度、冷静になってから話そうじゃないか」
「僕は冷静だよ!」
「どこがァ? 女の子に向かって大きな声を上げるなんて紳士の風上にも置けないよ。――ひとまず、ヴィオレティーナは医務室に行こうか。ごめんよ、いつまでも寒空の下は風邪を引いてしまうね」
人間は本当に弱っちいんだからなぁ、と溜め息交じりの言葉はヴィオラだけに聞こえた。
呼び寄せ呪文でヴィオラの箒を湖から取り出したスヴェンがこの場で一番冷静だった。
「君は授業を続けるも、僕たちに着いてくるも自由にしたらいい。――少しだけ、早めで行くからくっついていてね」
やっぱり、スヴェンはヴィオラに話しかけるときだけ声のトーンが甘くなる。それがむず痒くて、恥ずかしくて、特別みたいで嬉しかった。
腕に抱かれて、空へ飛び立つ。
雲ひとつない空なのに、心は土砂降りの大雨だった。




