02
「ナイトレイさん、アーデルハイト先生が探していたわ」
クラスメイトの言葉に目を瞬かせて首を傾げた。
アーデルハイト先生は、その日によって姿を変える、変身術専門の教授であり、月の寮の監督教師でもある。
淑やかでお上品な月の寮生たちに、先生から関わってくることは少なく、一ヶ月に一度行われる満月のお茶会で交流を深めるくらいだ。
教えてくれた同寮生にお礼を言って、アダムを呼ぶ。
くんかくんかと鼻を鳴らして翼を羽ばたかせたアダムに着いていけば、アーデルハイト先生の下に辿りつくだろう。
「ヴィオラ、どこに行くの?」
「アーデルハイト先生のところよ。私に用があるんですって」
しれっと、隣に並んだユリアに歩く速度を速めた。
「僕も一緒に行ってもいいかい?」
「呼ばれたのは私だけよ。それに、貴方のファンが寂しそうに見ているわ。行って差し上げたら?」
会話を切り上げてきたのだろう。横目に、女子生徒が三人、唖然とした表情でこちらを見ていた。
さらに歩くスピードを早くして、大股になる。お上品ではないが、ローブに隠れてどうせわからない。
「……怒ってるよね」
「むしろ、怒っていないと思っていたことに驚きだわ」
許したわけじゃない。
ごめん、とは言われたけれど、謝罪の言葉を聞き入れた記憶もなかった。
だってファーストキスだ! 一生に一度しかない初めてを、あんな形で奪われるなんてロマンスのかけらひとつもないじゃないか。
初めては、満月の夜に静かな部屋のソファでしたかったのに!
眉を下げるユリアは足を止めて、ヴィオラは歩みを止めなかった。
「アーデルハイト先生、お呼びでしょうか」
コンコン、と先生の準備室の扉を叩く。
「どうぞ」と静かな声色が聞こえた。今日は女性のアーデルハイト先生らしい。
「失礼します」
ぎぃ、と大きな扉を開けて入る。本棚が敷き詰められた壁は、相変わらず圧倒される。
小さな応接セットに腰掛ける先生のほかに、もうひとりいることに気づいた。
月の寮の制服を身にまとっているが、見覚えのない顔だ。
「よく来てくれましたね。さぁさぁさぁ、紹介しましょう。わが月の寮の仲間となる子です」
「初めまして。スヴェン・リーデルシュタインです。高等部第二学年に編入することになりました」
「はじめ、まして。ヴィオレティーナ・ナイトレイです。……月の寮の副寮長を務めています」
まるで鈴を転がした声だ。緩やかなウェーブを描く黒髪。褐色の肌は艶々として、翡翠の瞳が煌いている。まぁるいメガネがアクセントの、可愛らしい少女だ。
編入生だなんてイベント、シナリオにはなかったのに。
呆然と、目を瞬かせるヴィオラに編入生の少女はにっこりと笑みを浮かべた。




