理系の彼と文系彼女【二人視点】
【文系ちゃんSide】
――ねえ魔女さん。僕ではまだ力不足かもしれない。けど。
若い錬金術師は、炎の魔女が見惚れるほどの、曇りのない笑顔で彼女を見つめる。
――僕は錬金術師。貴女が自分を石ころのような価値のない人間だと言うなら。
この青年は、なんと真っ直ぐな目で人を見るのか。
生まれた瞬間、自分の魔力が暴走して母を焼き殺した。戦争で多くの人を犠牲にした。妹を助けられなかった。
石ころ以下の人生だと思ってた。
――石ころを、金に変えるのが錬金術師。僕があなたの人生を金色にします。
彼の手には金属でできた金色の薔薇が、一本握られていた。
圧倒的に歳上だけど、とか。
私が幸せになってもいいのか、とか。
いろんな言葉が魔女の胸に降っては消える。うまく言葉にならない。
だから彼女は。
「気障ね」
なんて呟きながら、錬金術師に向かって初めて。
――心から笑った。
――炎の魔女と若い錬金術師、完。
いつもの喫茶店。
違うのは二人ともスーツだってことだけ。
理系くんと最後の文章を追いながら、静かに本を閉じる。
「金色の人生だって」
「いい言葉だよね」
最終話だけ一緒に読みたくて喫茶店に来た。
就活が大変すぎて、買ったばかりのスーツにもうシワが寄っている。
学校を出ると、急に社会から“大人”として扱われる戸惑いと恐怖。
理系くんは淡々としてるように見えるけど、どうなんだろう。
「理系くん、忙しいのに今日はありがと」
「いや、いい気分転換になった。こっちこそありがとう」
見ると理系くんの鼻が少し赤い。
視線が、炎の魔女最終巻から離れない。
感動してくれたのかな。
そう思ったら心が暖かくなった。
「お二人。お久しぶりです」
渋いマスターが、私たちに話しかけてくる。
いつも寡黙なマスターにしては珍しい。
「お久しぶりです。二人とも就活で忙しくて」
私の言葉にマスターはにこりともせず、私たちの前に皿を置く。
「サービスです。お疲れ様」
小さなカヌレが二つ、皿に乗っていた。
私と理系くんは驚きに目を合わせて。ゆっくりカヌレを口に運ぶ。
カヌレはとても甘くて、少しほろ苦くて。とびきり美味しかった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「就活なんか適当でいいんだよ」
店長がぶっきらぼうに言う。
「この人、会社勤め向いてないから」
奥さんが、口元を隠しながら小さく笑った。
「だけどな、お前たちならどこでもやれるだろ」
「そうね。きっと愛される新入社員になるわね」
奥さんは今日の賄いを作りながら。
店長は厨房の片付けをしながら。
私たちに言葉をくれる。
「ま。なるようになるだろ」
「二人が就職、寂しくなるわね」
そうか。
バイトも辞めなきゃいけないのか。
今が精一杯すぎて、先のことを考える余裕がなかったことに、気付いた。
【理系くんSide】
「兄、就活帰り?」
家に帰った瞬間、妹に声をかけられる。
「いや、文系ちゃんと久しぶりに本を読んでた」
「――もしや炎の魔女!」
「そう」
錬金術師は、答えを出した。
魔女の全てを一緒に背負って。ちゃんと幸せにしてみせる、と。
「兄ならできます」
「――心を読んでるのか?」
たぶん、欲しい言葉だった。
なんで妹にはこれが出来て、自分には出来ないんだろう。
「だから。兄ならできます」
「……ありがとう」
僕は、妹に今度ESPテストでも受けさせようかと真剣に思った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※
バイト帰り。
文系ちゃんと肩を並べて歩いてた。
春だけど、夜はまだ肌寒くて、文系ちゃんが少し震える。
なんだか今日は元気がなく見える。
「ねえ文系ちゃん」
「……なに?」
僕は何気なく、空を見ながら声をかける。
「就活不安じゃない?」
「……うん、不安」
このあと僕らはどうなるんだろう。
来年のことさえ分からない。
だけどさ。
「文系ちゃん、アインシュタインの特殊相対性理論って知ってる?」
「え?」
「光の速度だけが不変ってやつで」
「うん……?」
ああ、うまく言葉にならない。
空回りして落ち込みかけたけど、妹の「できる」って言葉が背中を押してくれた。
「僕にとって文系ちゃんがそれで」
こんなに要領を得ない言葉を、文系ちゃんはいつも最後まで聞いてくれる。
「就活が未確定で不安だけど――確定できることもあるよ」
「え、なに?」
僕は、全身の空気が抜けるかってくらい全力で息を吐く。
「文系ちゃん。あのさ」
「うん」
「就職しても、来年も一緒にいて」
【文系ちゃんSide】
理系くんが、言葉を一生懸命伝えようとしてくれた。
苦手だった接客も、本も。
今は一緒に笑って、同じところで泣ける。
都会の空は、星が少ない。
それでも。
いくつもの一等星が。
大きな月がちゃんと輝いている。
「アインシュタインに言っといて」
私は空を見上げながら。
「“理系くん”と“文系ちゃん”の関係も、ちゃんと変わらずに続くって」
人は変わっていくし、来年のことなんて分からない。
でも目の前に、最高に愛せる男の子がいる。
「あはは。アインシュタインもびっくりの新理論」
そしてね。
楽しそうに笑ってる。
私のために変わってくれた彼が、変わらずにそこにいてくれる。
それだけで頑張れる。
あ。
理系くんの右手が動いてない。
分かってるよ。
こういうときは。
「理系くん。これからもよろしくね」
まだ言葉にするのが苦手な彼の、動かない右手をしっかり握って。
絶対に離してやるもんかと、空に誓うのだった。
――完。
これで一旦完結です。
アイデアがたまったらまた続きをかくかもしれませんが、ここまでお付き合い、ありがとうございました。




