フェルマーの最終定理【理系くんSide】
家で妹に、「二人から」と言って仙台土産を渡す。
土産物袋に入った“笹かま”二つを見て、一瞬目を見開く。
「兄は良い彼女を得ましたね」
口元を押さえながら、そんなことを言う。
「何を察した」
「だって私のお土産、計算に入れてなかったでしょ」
文系の人たちはエスパーなんだろうか。科学で証明できない何かを彼女たちから感じる。
「にしても、ふふ」
「……なに?」
「笹かまっていろんな種類あるのに、同じものを二つ買ってくるなんて。仲良しを見せつけてくれますね」
あ。確かにチーズ入りとか枝豆入りとか、いろいろあった気がする。
そこまで頭が回ってなかった。
「伊達政宗公には会えました?」
「だから居ないって」
妹は嬉しそうに笑いながら。
笹かまの袋を開けて、ひょいと口に入れる。
「むぐむぐ。笹かまは美味しい」
「醤油もつけずに、気楽にいったな」
「これは兄からもらった分ってことで。文系お姉ちゃんからの分は、大切に食べます」
ピースサインをしながらそんなことを言う妹がおかしくて。
二人でしばらく笑っていた。
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「なんだ仙台行ったのか」
「あら素敵」
旅行の二日後。
最初のバイトの日に、文系ちゃんと二人でお土産を渡す。
「もらったお手当の金額ぴったりで仙台行けたので感謝です!」
文系ちゃんが、そう言って頭を下げる。
「一万で仙台なんて、交通費にもならんだろ!?」
「ちゃんと楽しめたの?」
奥さんの言葉に、旅の思い出が脳内によみがえる。
石垣の高さ。
あの風の冷たさ。
ひょうたん揚げの熱さ。
松島の潮の匂い。
――ずんだシェイクの甘さ。
全部が、言葉になるより先に、体に残っている。
「本当に楽しい旅でした。ありがとうございます」
僕の言葉に、店長夫妻が驚いている。
なんだろう。何かおかしいこと言っただろうか。
「……お前、そんな顔で笑えるんだな」
「…………うるさいですよ」
楽しかった旅を思い出して、自然と笑顔になっていたらしい。
文系ちゃんと店長夫妻が、楽しそうに笑っていた。
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答えがはっきり出るから理系科目が好きだった。
だからこそ、簡単に割り切れない人間関係が苦手だった。
「文系ちゃん、就活どうする?」
大学三年生の冬。
もう本格的に就職活動が始まる。
「ひとまずいくつかインターン行って考えようかなぁ。理系くんは?」
「なんにも考えてなかった」
自分の将来も、簡単に割り切れない。
「文系ちゃんはやりたいこと決まってるの?」
「うーん、編集とか出版とか、大変そうだけど文章に関係した仕事やりたいなあ」
文系ちゃんは本当にすごい。
答えのない問題を、ちゃんと見据えて前に進めている。
「理系くんはどう?」
僕はしばらく考え込む。
人と接するのが苦手だった僕が、いつの間にか他人と一緒に笑えている。
絶対にできないと思ってた、接客のバイトすら、今では楽しく思ってる。
文系ちゃんと店長夫妻のおかげが大きすぎるけど、もう今は向いてないとは思ってない。
人を楽しませる仕事。
でもちゃんと理系の思考でやれる仕事。
「ゲーム業界とか見てみたいかも」
短絡思考かもしれないけれど、ふとそう思った。
答えの出ない問題を考えるのが苦手で、理系になったと思ってた。
でも、数学好きなら一度は憧れた「あの問題」。
――フェルマーの最終定理。
少し前に証明されるまで、人生をかけてこの難題に挑んだ数学者が何人もいる。
一度ワイルズの証明を見たけど、最新の数学理論がいくつも盛り込まれていたようで、全く理解できなかった。
僕は隣を歩く文系ちゃんを眺める。
「いいねゲーム業界」
文系ちゃんを数式に当てはめることなんてできない。
感情は割り切れないし、不安や落ち着かない夜も多い。
でもそれが嫌ではなくて、悩めることが幸せに思える自分もいる。
「フェルマーの最終定理に挑んだ数学者もこんな気持ちだったのかな」
「ん、フェルマー?」
「そう。絶対に解けないと言われてた、最近解けた数学の定理」
「うわー分かんない」なんて言いながら笑う彼女を見て。
文系ちゃんという最終定理を、追い続けたいと思った。
――そしてすぐに、なんて気取ったことを、自分は考えてるんだって。
勝手に赤面したのだった。




