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青葉山の城(宮城県一万円旅編その2)

 仙台駅から仙台城までは、ほぼまっすぐの道で、徒歩約四十五分。


 仙台駅前から伸びる「青葉通」をまっすぐ行けば、ほぼ曲がり道もなく仙台城へたどり着けるそうだ。


 いつもより清らかに感じる空気を吸い込んで、私たちは歩き出す。


 まだ時間は、朝の八時前。


 しんと冷えた空気が、歩き始めた私たちには心地よかった。


「なんだか、街路樹が綺麗な気がする」


 理系くんの言葉に、私は頷く。


「そうだね。“杜の都”を意識してるのかな?」

「森の都?」

「森じゃなくて“杜”ね。自然そのままじゃなくて、人と育てた緑って意味らしいよ」

「植栽の活用で、空気中の酸素が増えてるのかな。空気がきれいに感じる」

「いきなり理科になるのやめて」


 関心しきりの理系くんに、笑いながらツッコミを入れる。


 杜の都の由来、調べておいてよかった。


 文系ちゃんの面目躍如である。


 少し得意げな私に向けて、理系くんが微笑む。


「ビルが多くて都会って感じだけど、樹の多さのせいかな。新鮮な空気な感じがしない?」

「私も思ってた!」


 さっきから、チェーン展開の見慣れた店ばかり見かけているのに、肺に取り込む空気が新鮮に感じる。


 気持ちの問題なのかなと思ってたけど、理系くんも同じだったらしくて嬉しい。


「でもさ、理系くん?」

「うん?」

「しばらく歩いてるけどずんだ餅とか牛タン屋さんとか、あんまり見かけないんだけど」


 私の言葉に、理系くんは笑って。


「楽しみにしてて」


 と笑うばかりで答えてはくれなかった。


 しばらく歩くと、川が見えてくる。

 そして山の上に見えるのは。


「あ、石垣だ!!」


 私は感嘆の声を上げる。


 手前は広瀬川に削られた断崖。

 そして山の上の石垣。


 仙台城跡がそこにあった。


「あんなに山の上に城を作らなくてもいいのに。もっと町中に住んでたほうが便利じゃない?」


 私の歓声に、理系くんが山の上を見上げながら、ボソリと本音を漏らす。


 合理性重視の彼らしい言葉に、私は微笑ましくて笑顔になる。


「お城って戦争で攻められたときの守りも兼ねてるから、攻めにくく守りやすいところに作られてることが多いの」

「大阪城とか名古屋城、皇居の江戸城みたいに町中にあるのが普通かと思ってた」


 確かに。

 身近にある城ってそうだったかも。


「あー、それは権力を誇示する意味合いもあっただろうから」


 大阪城の豊臣秀吉、名古屋城築城と・江戸城大改修の徳川家康。

 二人は派手好きだったんだろうなと思うほど、仙台城は実用一辺倒の質実剛健な城に見えた。


「はー。こうやって現地に来なきゃ見えないものってあるんだね」

「この城を建てた伊達政宗の性格が見えるようだよね」


 理系くんの言葉に、私は万感の思いを込めて頷く。


「じゃあ……」

「……登りますか」


 ここまでは平坦だったから良かった。行程も三分の二を超えてる。


 なのに。


 ここから同じくらいの時間がかかった。


「……もはや登山だね。文系ちゃん大丈夫?」

「なんとか……この道を弓矢飛び交う中進軍するの、無理じゃない?」

「――現代に生まれてよかった」


 まだ気温一桁の中、私たちは上着すら脱いでひたすら道を登った。


 広瀬川を越えてから急に増えた木々の間を、ひたすら登る。


 アスファルトで整備されてはいても、急勾配が容赦なく心肺に負荷をかける。


 都会に甘やかされた柔らかい太ももが、一歩ごとに悲鳴を上げている。


 時間にして二十分くらい。

 ついには息を切らした理系くんが、膝に手をついて立ち止まる。


「……理系くんがんばれ」

「地球の重力を初めて全身に感じてる気がする」


 私たちは笑う足を叱咤して、なんとか坂を登る。


 最後のカーブを曲がった瞬間だった。


 目の前に巨大な石垣が広がっていた。


「う……わあ………」


 感動で言葉も出ない。


 石垣なんて見慣れてるはずだった。


 東京なら皇居の周りでいくらでも。


 でもこれは明らかに何かが違う。


「重機もない時代に、山の上にこれを作る」


 そうだ。

 

 私たちが歩いてきた急峻な山道を、整備もされてなかったろうに、当時の人は石を引いて登っていた。


 そして。


「見上げるのも怖いくらい、高いね石垣」

「うん、すごいね……」


 高い石垣に畏怖と、敬意が湧いてくる。


 きっとね。

 これは現代に修復されたものだって分かってる。


 それでも、最初にこれを作った人たちがいる。


「これが見れただけでも、歩いて来て良かった」

「その感想、まだ早いよ文系ちゃん」


 この山道を体験して良かったと思えるほどの感動を胸に、石垣の横を歩く。


 仙台城跡に入ると、一番目立っているのは伊達政宗像。


 その像は、想像してたよりもずっと無骨に見えた。


 そして。

 奥にはお土産屋さんと護国神社がある。


「ねえ文系ちゃん。絵馬にアニメっぽい伊達政宗の絵が描いてある」

「ゲームのやつかな。ファンがここまで巡礼に来てるんだね」


 オタクの行動力に親近感を覚えながら、五円をなげて神社で手を合わせる。


「ちゃんとここでの五円も予算に入ってるから」

「さすが理系くん」


 抜け目ない理系くんに笑いつつ、お願い事を念じる。


(どうか、家族と理系くんが幸せな人生を歩めますように)


 神社に来るたびに恒例になってるお願いを唱えながら。


 私より熱心にお祈りしている理系くんに視線を向ける。


 そういえば、理系くんこういうの信じないんじゃなかったっけ。


 初詣のときも一瞬で終わってた気がする。


 私の影響だろうか。


 ふと、祈り終えた理系くんと目が合う。


 彼はなぜか耳を真っ赤にして。

 ふいっと、後ろを向いてしまう。


 もう分かってるよ。

 これが照れ隠しだって。


「そういえばね理系くん知ってる?」

「なに?」

「伊達政宗って、愛妻家だったらしいよ」

「……見習わなきゃ」


 一向に目の合わない理系くんに、以前なら寂しく思ったはずなのに。


 今は、彼の耳の赤さが心の熱さだって知ってるから。


 山の上の冷たい風が、心地よく頬を撫でた。


「文系ちゃん。そろそろお腹空いてこない?」

「実はペコペコ!」


 そういえば、高速バスを降りてから、水しか口にしてない。


 冷静さを取り戻した理系くんは、私の手を引き売店の方へ向かう。


「ここでずんだ団子を食べます」

「山の上でお団子、最高!!」


 ベストタイミングでのお団子。


 平日だからか全然混んでなくて、すぐに買えた。


 緑のずんだが鮮やかに、登山後でエネルギー切れの脳に刺激を与える。


 一本220円。


「……うわあ、美味しい」

「甘みが嬉しいね……」


 もちもちのお団子を、優しい甘みのずんだが包み込んで。

 空腹の身体にしみ渡る。


 理系くんがさっと、ペットボトルの緑茶を差し出してくれる。


「絶対お茶だよなと思って持ってきた」

「荷物多いなと思ってた」


 いつもより膨らんだリュック。

 私のために用意してくれてたんだね。


 ずんだ団子と緑茶はベストマッチで。


 移動の疲労を癒してくれる。


「文系ちゃん体力はまだまだ平気?」

「いくら引きこもりでも、元気いっぱい女子大生ですから」

「それ、絶対思ってないでしょ」


 二人で笑いながら山を下り始める。


 時間はちょうど10時。

 

 使用金額は225円。

 残金5895円。


 旅は始まったばかりだけど、なんの憂いもなく見えた。

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