余暇の楽しみ方
思えば一月から、毎日慌ただしかった。
「年明けは時間が早く進む気がするから、一月は行く月、二月は逃げる月なんて言うよね」
「なるほど」
美味しそうな油の香りがする店内、私はやっと手の空いたタイミングを見計らって、理系くんに話しかける。
間もなく閉店。
お客さんもみんな帰って、後片付けも終わった。
聞こえるのは皿を洗う水の音だけ。
閉店間際の静けさが、店内を包んでいた。
「私も理系くんも、レポートにバイトに、家の用事に。あんまり会える時間なかったね」
「バイトも時間合わなかったしね」
忙殺、という言葉がぴったりな忙しさ。
バイトや一緒のレポートで会ってはいたけど、動物園に行ってからデートはほとんどできてなかった。
「おう、今日もお疲れ」
厨房の片付けを終えた店長が、皿に揚げたてのコロッケを載せて、奥から出てきた。
「今日の余りなんだが食うか?」
「「食べます!」」
私と理系くんの言葉が重なる。
このお店のコロッケ。
下味がしっかりついてて、ソースなしでも食べられる。
揚げたてを噛めば、肉とじゃがいもの甘みと、ほどよい塩味が、さくりと口のなかに広がる。
本当に美味しい。
「食いながら聞いてくれていいんだけどな」
店長もコロッケを頬張りながら、口を開く。
「来週の火水、店休みにするから。フライヤーの入れ替えでな」
ちょうど私と理系くんが二人でバイトに入ってる日だ。
会える日が減る、と思った瞬間だけ胸が沈んで。
でも次の瞬間には、「休みだ」と聞こえて、心がふっと浮いた。
「まあ店の都合だし、いきなりバイト代減るのきついだろ」
店長の言葉に、私と理系くんとは素直に頷く。
「二人とも頑張ってくれてるからいくらか手当てを付けておく。二人で遊びにでも行ってこい」
そう言った店長が“手当”と書いた封筒を二人に渡す。
「遅めのお年玉だとでも思ってくれ。じゃ、今日もお疲れ」
なんとなくその場で開けるのはためらわれて。
私たちはそのまま家路についた。
「一万円入ってたね」
「ね!」
理系くんの言葉に、私も頷く。
奮発しすぎじゃないかな。
ちょっと不安になるけど、確かに最近お店も忙しかったしなと思い直す。
「ねえ文系ちゃん。来週って忙しい?」
「実はね、課題で忙しかった分来週はバイト三昧にしようと思ってたから暇」
私の言葉に、理系くんがはにかんで笑みを作る。
「僕もやっと暇になったんだけど……来週旅行に行かない?」
なんと魅力的な提案だろう。
デートには何度もいったけど、旅行はまだない。
「絶対行きたい!」
元気が良すぎる私の返事に、理系くんは笑みを深くした。
「でもお互いあんまりバイトもはいれなかったから――」
「――確かにお金はあんまりないね」
ふと、手元の“手当”の封筒が目に入る。
「一万円旅にしようか」
私の提案に、わが意を得たりとばかりに理系くんが頷く。
「僕もそれがいいと思ってた」
「店長に感謝だね」
二人でさっきのコロッケの味と店長のぶっきらぼうな言葉を思い出して、しばらく笑った。
先に口を開いたのは理系くんだった。
「行き先どうしようか」
「この金額だと新幹線は無理だから……でも遠くに行きたいよね」
「だとしたら夜行バス?」
「夜行バス!! 乗ったことないけど理系くんとなら楽しみかも」
「僕もない。けど楽しそうだよね」
昨晩は雪が降ったから、足元に少し雪が残ってて。
凍りかけの雪を踏むたびにざくざくと音が鳴る。
今晩は氷点下の気温のはずなのに、あんまり寒く感じなかった。
空を見ると綺麗な三日月。
「行き先に提案があるんだけど」
理系くんが珍しく、いたずらっ子のような顔をしている。
あれ、そういうのは私の役目じゃない?
「え、理系くん行きたいとこあるの?」
「うん、本当は旅行誌とか買って、綿密に予定立てたいんだけど時間ないでしょ?」
「うん。いま金曜日で、来週の火水だもんね」
私は指折り数える。
前日の月曜日まで毎日バイトだから、時間はあまりない。
膨大にある行きたいところからひとつを絞れる自信がなかった。
「文系ちゃんっぽい提案していい?」
「なにそれ、私が適当なのからかってる?」
理系くんは「そんなことない」って必死に否定してくれる。
やっぱり私の彼氏可愛いなあ。
私は笑いながら、理系くんの肘に私の腕を絡ませる。
「よし、私っぽい計画とやらをお姉さんに話してみなさい」
「あはは。大したことじゃないんだけど、一万円旅でお金を無駄にしたくないじゃない?」
「うん」
「でも遠くに行きたい」
「行きたいねーせっかくだから」
理系くんは満足そうに頷くと、鷹揚に口を開いた。
「夜行バスで、一番安かった路線を行き先にしない?」
衝撃だった。
緻密な計算のもとに計画を立てる理系くんが、こんなに行き当たりばったりな提案をする。
まさに私が言いそうなこと。
「ずるい理系くん」
「ずるい?」
「私が思い付きたかった」
理系くんは、嬉しそうに笑った。
こんなのもう、絶対に楽しい。
「それで行こう理系くん」
「よし」
二人で夜行バスのサイトを開く。
近すぎる関東圏は排除して、一番安いところ。
二人の結論は一致した。
「仙台!!」
往復で三千八百五十円。
一万円から引いても、六千円ちょっと残る。
それだけで、急に旅が現実になった。
楽しい旅になりそうだ。
空の三日月のように、私たちの口角も上がったままだった。
いい旅になる予感しかしなかった。
余暇って、何をするかより、誰と笑うかなんだろう。
そんなことを、三日月が教えてくれた気がした。




