万有引力と創世記【理系くんSide】
【理系くんSide】
りんごジュースは神の飲み物だと思う。
僕は自宅でレポートを書きながら、紙パックに挿したストローを口にくわえる。
(美味しい)
疲れた脳に、適度な酸味と強い甘みが染みわたる。
こんなに美味しい黄金色の飲み物、神様が直々に作ったとしか思えない。
ふと、手元のスマホに視線を戻す。
『理系くんごめん! レポートと課題とバイトでバタバタしててしばらく返信遅れる!』
涙を流した絵文字も大量に付加された、文系ちゃんらしい返信。
僕だったら返信を遅らせてしまうことも多いのに、ちゃんと『遅れる』と連絡くれるところが彼女の凄いところだ。
「大丈夫、僕も会える時間を合わせられなくてごめん」
1個だけ涙マークを入れるか悩んで、ガラじゃないなとそのまま送信。
今週唯一会えそうな土曜日は、なんと僕の親戚の結婚式で。
互いに年度末の課題とレポートにも追われてるから、連絡も少なくなっていた。
もちろん、少し寂しい。
「……いや、結構寂しいな」
いつも返信の早い文系ちゃんだから、返信がないのが余計に寂しい。
沈んだ心を励ますために、りんごジュースを口に含む。
ほぼ同時に。
文系ちゃんから、返信が届く。
『いま課題が一段落したから、少し話せる?』
僕もちょうど集中力が切れたところだ。
「うん」と返信したら、すぐにメッセージが届いた。
『そういえば理系くん、りんご好きなの?』
ドキッとした。
なんで知ってるんだろう、とか。
文系ちゃんと会話できる時間が嬉しいとか。
色んな思いが浮かんだけど、結局送れたのはひとこと。
「え、なんで?」
自分の語彙力の無さにへこむ。
文系ちゃんや妹なら、もっと上手く返信できるんだろうな。
またすぐに返信が届く。
『だってこの前、りんごジュース買ってきてくれたでしょ』
あ、妹と偶然会った日か。
無意識に、自分が好きな飲み物を買ってた。
「りんごジュースは神の飲み物だと思う」
本音と少しのユーモアを込めて。
『あはは。知恵の実の果実だしね』
確かに。
文系ちゃんの、思考の速さと博識さに舌を巻く。
ここから、メッセージのやり取りが加速した。
「ニュートンが発見した万有引力も、りんごのおかげだって話になってるし」
『文系にも理系にも、りんごは特別な存在だね』
そんな考えをしたことがなかった。
でも。
と、僕の完璧主義な面がちょっぴり顔を出す。
「ニュートン実は、りんごがきっかけじゃないって話もあって」
『え、知恵の実も、りんごじゃないって聞いたことある』
文面だけでも、文系ちゃんとの会話は楽しい。
「ニュートンは微積分を発明した数学者で、緻密な論理で引力を導き出したとか」
『微積分……苦手だったなあ……ニュートンのせいだったのか』
「創世記のりんごは?」
『りんごって、そもそもアジア原産らしくて。あの時代にはなかったんじゃないかって』
「りんご、こじつけられすぎ」
『それだけ愛されてるんだろうね』
文系ちゃんらしい感想に、胸が暖かくなる。
「そういえば、ニュートンの家の庭のりんごの木ね。今も子孫が残ってるらしい。いつか見たいなあ」
『それが、知恵の実の子孫だったら面白いのにね』
いつまでも会話を続けていたい。
けれど、時間はそれを許してくれなかった。
『ごめん! そろそろ課題に戻るね。明日提出のがあって』
「うん、ありがとう。僕も頑張る」
『気分転換になった! ありがとう』
会話はここまで。
また、りんごジュースを口にする。
室温で少しぬるくなってはいるけれど、むしろ甘さが引き立ってまた違った良さがある。
文系ちゃんを地球に、僕を月に例えたことがあったけど。
僕は彼女の引力に、完全につかまっている。
数時間後。
そろそろ寝ようかという時に文系ちゃんからのメッセージ。
『ねえ理系くん。どうしても返信できない時の合図決めない?』
「いいねそれ」
『絵文字ひともじがいいと思うんだけど』
文系ちゃんは、僕に知識をくれて。
心をつかまえてくれている。
だから絵文字はひとつしか思いつかなかった。
『理系くんって頭いいし、私をちゃんと惹きつけてくれるから』
そうか。
ニュートンが発見したのは“万有引力”。
「僕にもちゃんとあったんだね」
『ん、なにが?』
「引力」
なんとなく。
スマホの向こうの文系ちゃんが笑ってくれた気がした。
『理系くんも同じこと考えてくれてたの』
「うん、これしかないね」
僕らは、いろんな返事のあとにりんごを付けるようになった。
『お互いに、“りんご”を送ったら余裕がない合図ってことにしよ』
「おっけー」
短文のあとにりんごがついてるだけで、ちょっぴり心が救われる。
追撃しないように思いやれる。
それからの文系ちゃんとのメッセージで、とても甘くて、少し酸っぱい。
あの味が、胸いっぱいに広がるようになった。




