妹
「ねえ、文系ちゃん。“高邁”ってどういう意味だっけ?」
「意識が高いとか、精神が優れてるとか、そういう意味で合ってると思う」
私たちは、駅前のファストフード店でレポートを書いていた。
理系くんは教養科目の読書感想文。
この授業。
講義に出なくても指定小説の感想文だけ出せば単位がもらえるボーナス科目と言われてる。
けど、理系くんはちょっと苦労していた。
「海外の翻訳小説ってなんか苦手なんだよね」
「あー、分かるかも。翻訳家さんって硬い文章になりがちだよね」
「あー、そうか確かに」
元の文章は美しくても、翻訳する人によって原文の美しさを表現しきれなかったりする。
そうでないのも多いけど。
私も大半の翻訳小説はあまり得意ではなかった。
「“健啖家”とか初めて聞いたよ……」
「“大飯喰らい”とかでいいのにね」
ファストフード店の良いところは、周りを気にせず会話できるところだ。
少しうるさいけど、その分、気兼ねなく相談できる。
その時。
私たちの横に立つ人影を感じた。
「兄じゃないですか」
私が顔を上げると、近所の高校の制服に身を包む、強烈な美少女がいた。
「げ」
理系くんの喉から、聞いたことのない音がした。
「あ、もしかしてあなたが“文系”さんですか?」
「あ、はい」
放心状態でかろうじて返事をする私。
ファストフード店の蛍光灯の下でも、髪ってこんなにキラキラ輝くんだね。
「兄がお世話になってます」
お手本のような綺麗なお辞儀。
あまりの可愛さに意識を手放しかけた。
でも、薄い唇と小さめの鼻が、確かに理系くんに似てる。
金縁の丸メガネも、落ち着いた雰囲気の彼女にとても似合ってた。
「なにしに来たんだ」
理系くんが立ち上がって、妹ちゃんに向き合う。
「兄の彼女ができる人に興味があって。よほど素敵な人なんだろうなって」
「……うるさいな。否定できる部分がないけど」
理系くんのこんなにぶっきらぼうなところ見たことがなかった。
最近雑さが出て来た店長にでさえ、もうちょっと丁寧だ。
「文系ちゃんいきなりごめん。これ僕の妹で」
「無愛想な兄ですみません」
「おい」
ああ、仲の良い兄弟なんだなって一目でわかる。
私は一人っ子だから、ちょっぴり羨ましい。
「ふふふ。妹ちゃん名前は?」
「――理系と文系呼び、私も好きなので、“妹ちゃん”で大丈夫です。“文系さん”」
眼鏡の奥の目が細くなって、笑顔を形作る。
笑った時の目元が理系くんそっくり。
「私読書が好きだから、最近、兄が本を読むようになったのが嬉しくて」
「え、もともと読んでた……よね?」
私との最初の会話は、おすすめの本を教えて、だったはず。
何気なく理系くんを見ると、真っ赤になって必死に妹ちゃんの口を塞いでいた。
「待て。それ以上は黙ってくれ」
「もごもご」
口を押さえられても喋ろうとする妹ちゃんと、必死な理系くんが可愛すぎる。
そうか。理系くんは私と仲良くなるために読書を始めてくれたのか。
「あのね、文系ちゃん。読書、いまはちゃんと趣味になってるから」
「もごもご」
「あはは、ありがと。そろそろ手を離してあげて」
レジカウンターに近い席だから、ポテトが揚がった時の音が、ティロリティロリと小さく響き渡る。
「兄、もう引き下がるからポテト買って」
「分かったから、もう黙っててくれ」
カバンから財布を取り出す理系くん。
彼が目を離した一瞬の隙に、妹ちゃんは私に向き直る。
「私も“文系さん”呼びでいいですか?」
もう何度か呼ばれてた気がするけど、ちゃんと確認してくれるところが“出来る子”だ。
でもね、妹ちゃん。
「“文系ちゃん”は理系くんだけの呼び方にしたいから、他の呼び方でお願い!」
少しでも嫌な思いをさせないように笑顔で。
でもハッキリと伝えた。
財布を取った理系くんと、妹ちゃんが同じ顔をして立ってた。
二人は同時に眼鏡のずれを直すと、私に向かったまま。
「兄にはもったいないくらい可愛い彼女さん」
「……だよな。僕もそう思う」
妹ちゃんは、まっすぐな目で私を見つめて。
「じゃあお姉ちゃんって呼ばせてください」
「うん! ありがと」
そのまま理系くんに視線を合わせる。
「兄、こんな“お姉ちゃん”ほしかった」
「がんばってみ――」
理系くんは途中で顔を背ける。
「――うるさいよ」
お姉ちゃんってことは。
こんなに可愛い妹と、家族になれるのか。
「では、おじゃま虫は失礼します」
また綺麗なお辞儀をして、妹ちゃんは去っていく。
「……なんか、ごめん」
「……ううん」
なんとなく互いの目を見れないまま。
理系くんは妹ちゃんにポテトを買うために後を追う。
店内は少し寒いくらいだったのに。
頬だけが、驚くほどに熱かった。
このあと理系くんが無言で、私にりんごジュースを買ってきた。
お詫びのつもり……かな。
火照った頬に、りんごジュースの冷たさと甘さが心地よかった。




