点描
美術館が好き。
別に話してはいけないわけじゃないのに、居心地のいい静けさがあって。
壁は一様に白くて、館内は明るい。
絵にも私たちにも優しい、管理された室内温度と湿度。
そしてなにより、色とりどりで表現方法も様々な美術品の数々が、私の目を楽しませてくれる。
私は一人で美術館に来ていた。
「わ、あ……これすごい」
いま、私の目の前にあるのは、ピカソの“泣く女”の一点。
失敗した福笑いのように、顔のパーツがバラバラに描かれてて。
肌色なんか使われてない、暗い色彩。
極限まで崩して描かれているのに、“悲しさ”だけが強烈に伝わってくる。
「人の目は丸が三つあるだけで“顔”だと認識するようにできてるらしいけど、悲しさも記号化できてる」
シミュラクラ効果だっけ。
天井に顔みたいなものが見えるのが怖くて、“これはただの点三つ。シミュラクラ効果”って唱えてたのを思い出す。
にしても。
なんでこんなにも感情が伝わってくるんだろう。
隣りにあるのはピカソの“青の時代”の絵画。
親友が自殺した直後に描かれた絵画との説明書きが目に入る。
泣く女より写実的に描かれているけれど。色彩も青系統で温もりがなくて、モチーフも暗い。
伝わってくる哀しさが、また違う温度で胸に刺さる。
「ピカソって感情豊かな人だったんだろうな」
理系くんだったらこれを見てなんて言うだろう。
次の部屋に移動すると、印象派のゾーンだった。
木々の香りがしそうなほどの風景画。
見惚れてしまうほど美しい女性の、空気感まで表現された人物画。
よく見ると肌のなかに緑色が使われてたり、自分だったら使わない配色をしてるのに。
まったく違和感がない。
生きてる自然が、人が、そこにいる。
理系くんの言葉が蘇る。
「人の目って意外と騙されやすくて。光刺激を脳が処理して届けるから“加工された写真”と何も変わらないのかも」
見る人によって違う色に見える服、とかあったね。
人間が描かれてると思うから妙な色彩に目がいかないのか、画家のみなさんの緻密な計算なのか。
もしくは、彼らには世界がこう見えてたんだろうか。
さらに奥に進むと、レンブラントの絵画に目を奪われる。
レンブラントの絵画は、強く光を感じるのに、使われてる色は印象派よりも暗い。
濃い影を描くから、光が映えてる。
「これは……理系くん好きそう」
次は、点描だった。
ジョルジュ・スーラは早世したから作品が極端に少ないらしい。
だから日本で見れるのは貴重みたい。
「近くで見ると、ただのカラフルな点でしかないのになあ」
離れて見ると、普通に描かれる絵画よりも、色彩が鮮やかに見える。
色彩の魔術……というよりも、緻密に計算された色彩の科学に、見惚れる理系くんを、左隣に幻視して。
「結局ずっと理系くんのこと考えてる」
幻の理系くんが、次の絵を指差す。
点で描かれた仲睦まじい男女が、絵のなかで穏やかに笑ってた。
二人の関係も“点描”のように、近すぎるから見えない輪郭があるんだろう。
絵画のように、私と理系くんでもお互いの見え方って全然違うんだろうけど。
きっとこんなに鮮やかに。
二人だけの絵を描けてたらいいなって。
私はいないはずの理系くんに、そっと笑った。
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