証明【理系くんSide】
【理系くんSide】
店内にテレビの音だけが響く。
ホールには僕と、店長の二人だけ。
ぼんやりとバラエティー番組を見ていた店長が口を開く。
「なあ。暇なことを“閑古鳥が鳴く”って言うだろ?」
「――はい?」
「閑古鳥ってなんの鳥だ?」
唐突な疑問に、一瞬思考が止まる。
確かに今日の店は閑古鳥が鳴いてると言ってもいいほど、お客さんがいなかった。
最近では珍しいことに、ここ二時間でお客さんが一組。
「彼女に聞いてくれよ閑古鳥」
「……文系ちゃんに?」
「ああ。俺LINEとか知らねえし」
確かに文系ちゃんなら答えてくれそうだけど。
「嫌ですよ。そんなどうでもいいこと聞くの」
彼女が雑に扱われてるみたいで、少し嫌だった。
「どうでもいいか。確かに」
軽く笑う店長に構わず、僕はテーブルを拭く。
もう三度目だけど、お客さんがいないのだから仕方ない。
「なあ」
「……はい?」
店長はテレビから目を離さないまま、ほとんど独り言のように僕に問いかける。
「いつも文系ちゃんって呼んでるよな?」
「はい」
「名前で呼ばないのか?」
店長の言葉に咎める色はない。
僕に問いかけながらも、テレビを見て笑っている。
たぶん頭に浮かんだ疑問を、そのまま口にしているだけ。
なのに、なぜだか責められてる気がしたのは、僕が気にしているからだろうか。
「……名前で呼ぼうと思ったこともありますけど」
「ああ?」
「“文系ちゃん”って呼び方、気に入ってるんですよ。二人とも」
ちょっとムキになってしまったけれど。
店長は気にせず言葉を続ける。
「まあ、似合ってるよな」
僕もそう思うけれど。
文系ちゃんも、本当は名前で呼ばれたかったりするんだろうか。
「お互いだけが呼び合える名前があるなんて、素敵じゃないですか」
店長の奥さんが、タオルで手を拭きながら、調理場から出て来た。
もうさっきのお客さんの食器も片付けてしまったようだ。
「気に入ってるなら俺も呼んでいいよな、“理系くん”」
「……やめてください」
結構気に入ってたはずなのに、文系ちゃん以外に“理系くん”と呼ばれるのは、なぜだか嫌だった。
店長の言葉にからかってる感じがあるからだろうか。
「ふふ」
店長の奥さんが心底楽しそうに笑っている。
店長はバツが悪そうに頭を掻いていた。
「やっぱり言ったとおりでしょ?」
「ああ」
二人だけでわかりあったような言葉に、ちょっと反発を覚えた。
「なに二人で笑ってるんですか。気持ち悪い」
僕の言葉に、二人はまた少し笑って口を開く。
「ふふ、ごめんなさいね。この人が聞かないものだから」
「いやな。彼女の方にも“文系ちゃん”と呼んでみたことがあるんだが、結構本気で怒られてな」
「お互いだけの大切な呼び名なんだから、他人に呼ばれても気持ち悪いだけですよって、私は言ったのだけど」
「……あっちにもガチ目に“やめてください”って言われてな。お前はどうかと思って」
文系ちゃんも呼び名を大事に思ってくれてたことが嬉しい反面、予想通りの反応をしてしまったことが恥ずかしい。
「彼女が言葉にこだわりがあるのは分かる。だが、お前まで同じことを言うとは」
「だから似てるんですって二人は」
店長と奥さん。
二人だけの会話が続く。
なんだろうこの居心地の悪さは。
「……閑古鳥が鳴いている店にいても仕方ないんで、帰っていいですか」
「――ダメだろ。このあと予約客が来るんだから」
店長の遠慮のなさが、僕にうつってきたかもしれない。
「じゃあ仕事してくださいよ」
「――閑古鳥の意味、本当は知ってるんだが、知りたくないか?」
「大丈夫です。文系ちゃんに聞くんで」
僕は、文系ちゃんが店長に対して、羨ましいと言ったのを思い出していた。
僕の態度が、店長だけに雑だから、これを素だと思ったらしい。
「お前もっと、そういうとこ出したほうがいいぞ」
嫌なところを突いてくる店長に。
「うるさいですよ」
軽口で応戦する瞬間が、ちょっと楽しくなっている。
もともと人と話すことさえ苦手だったのに。
笑う店長と奥さんを無視して、机上の調味料を足す。
文系ちゃんがくれた、人と話すことの楽しさが、こんなところで花開いていた。
いまの楽しさと腹立たしさが、文系ちゃんの大切さを証明しているようで。
「店長、文系ちゃんの時給上げてください」
「お前それ、あの子も言ってたぞ」
三人で思いっきり笑った。
※※※※※※※※※※
「ねえ、文系ちゃん」
『なに、理系くん』
「閑古鳥が鳴くの閑古鳥ってなに?」
『……カッコウのことだよ。あ、もしかして、お店暇だった?』
彼女は、僕が言わないことさえ拾ってくれる。
文系ちゃんはいつだって、お見通しだった。




