しおり
――魔女は長い赤髪を揺らして、手に炎を灯しながら、寂しげに笑った。
魔女は薔薇色の唇を開いて、俺に言う。
「私に近づく人間は、みんな死ぬの」
まだ幼さの残る美しい顔に、疲労と諦観のこもった感情が混ざる。
初めて見た表情だけど、強烈に感情が伝わってきた。
これは“絶望”というやつなのだろう。
何かを言わなければ。 彼女を救える言葉を。
「俺は! 死ぬことなんか怖くない」
彼女の絶望の色が濃くなる。
「ねえ、カグツチって知ってる?」
魔女の手元の炎がひときわ強く輝く。
「自分の母を自らの炎で殺してしまった神様は、どんな気持ちだったと思う?」
いっそ無感情にすら聞こえる静かな声が怖かった。
「ま。彼は生まれてすぐに父親に殺されてるから、まだ幸せだったと思うけれど」
俺は、俺の人生は。
彼女に返せる言葉を、なにも生み出せなかった。
『炎の魔女と新米錬金術師――第六巻、了』
―――――――――――――
私は本を閉じると、強烈な読後感に小さく息を吐く。
感情の渦に飲み込まれていた。
面白い本を読むと、読書前にどんな気持ちだったかとか、やらなきゃいけないこととか、日常の全てを忘れられる。
本の世界に没頭できる時間が本当に好きだった。
向かいでは理系くんが、私が貸した一巻を読んでいる。
清潔感の保たれた、落ち着いた雰囲気の古い喫茶店に、柔らかい空気が流れていた。
今私たちは、互いのおすすめの本を持ちよって、読書会を開いていた。
理系くんも結構本を読む方らしいけど、文系ちゃんこと、本の虫である私の方がいつも読み終えるのは早かった。
それにね。
「⋯⋯ふふ」
真剣に本を読む理系くんを眺める時間の安らぎを全身で感じる。
眼鏡の奥から見えるまっすぐな目が、凛々しくて。
私は、手元のしおりに文字を書きながら、しばらく彼に見惚れていた。
ふと、私の視線に気づいたのか、理系くんが本から顔をあげる。
「――文系ちゃん、もう読み終わったの?」
「うん。ちょうど今ね」
私は彼に、笑顔で答える。
彼の方はまだ半分くらいだろうか。
「それなら⋯⋯あとは家で読もうかな」
「え、ゆっくりでいいよ」
理系くんを一方的に見つめていられる時間、とても好きなのに。
でも彼は、まっすぐに私を見つめながらこう言った。
「だって、二人でいられる時間がもったいないじゃない」
あれ、理系くん。
こんなこと普通に言えるようになったの?
と思ったら、少しだけ耳が赤くなってて。
「そうだね、どこか行こうか」
私は、手元のしおりを渡しながら、理系くんに微笑みかける。
彼はしおりを見ずに受け取って、本に挟んだ。
見ないで挟んだ。よし。
――私は笑みを深める。
そのあと会計をして、店を出た。
数日後、理系くんから『炎の魔女』一巻が返ってきた。
私は本をぺらぺらとめくる。
――あった。
しおりの表面には私の字。 裏面には理系くんの字がびっしり。
私の字は2行だけ。
『炎の魔女、楽しめた?』
『本を読んでる理系くん見てるの好き』
彼はどんな表情をしたのかな。
しおりの裏をめくる。
理系くんの小さな文字で、たくさん感想が書いてあって。
よく読み込んでくれてるなと嬉しくなった最後に――こう書いてあった。
『文系ちゃんが本を読んでるところ。綺麗で好きなんだ』
頬が熱くなるのを感じる。
同じ感想を、互いに抱いてたんだ。
嬉しい。
私たちって感性が似てるよね。
――私は理系くんに渡す二巻に。
『ねえ理系くん。今晩はなに食べた?』
って書いたしおりをはさんだ。
三日後に返ってきた本にはね。
『カレーライス』
『牛丼』
『ラーメンとそぼろ丼』
律儀に三日分。
男の子っぽい夕飯とともに。
『文系ちゃんは何食べた?』
控えめな一文が添えられていたのだった。




