観測者効果【第三者視点】
【店長Side】
“彼女”が友人の紹介でバイトに入ってくれたとき、明るくて器用で頭の回転も速くて、真面目で。とても良い子が来たと思った。
“彼”が来たときは、少し暗い男の子に見えたのもあって接客ができるか不安だった。
でも、複雑な注文が来ても絶対に数字を間違えないし、なにより会計が誰よりも断トツで速くて正確で。
寡黙にどんな仕事もこなすし、笑顔はあまり見せないが、愛想がないわけでもない。
だが、二人が業務以外の話をしてるところを見たことがなかった。
二人の共通の知り合いである他のバイトの女の子から、二人が付き合ってるのを聞いたとき、あまりに対照的な二人だから驚いたとともに心配だった。
若い二人のどちらかが傷つくのも見たくなかった。
どちらも得難い人材でもあるしな。
だから俺は、二人の交際には正直、懐疑的だった。
昨年末、妻とこんな会話をした記憶がある。
「なあ、あの二人って付き合ってるんだよな?」
俺は、隣で賄いを作る妻に声をかける。
「そうみたいですねえ」
「それにしては空気感が変わらなさすぎないか?」
「⋯⋯そうですねえ」
学生バイト同士の二人が付き合うのには不安しかなかった。
こういう場合、破局するとどちらかがバイトを辞めることになるからだ。
しかも、あの二人に関しては、付き合ったと聞いてからの方がよそよそしく、他人行儀にすらみえる。
「うまくやれてるのか?」
「⋯⋯あなたは気づいてないかもしれないけど、あの二人結構似てるのよ」
明るい彼女と、寡黙な彼が?
俺の納得できない気持ちが顔に出ていたのだろう。
妻は笑って、手を動かしつつ口を開く。
「あの二人、真面目すぎるのよ」
ああ。それは確かに。
二人とも誰よりも真面目で、絶対に手は抜かない。
失敗は滅多にないが、失敗したときは心から反省しているのが伝わってくる。
「でもなあ、付き合いたてってのは、もっとベタベタしたいもんじゃないのか?」
俺の言葉に、妻が料理の手を止めて、心底可笑しそうに笑い出す。
「ふふ、あなたがそれを言いますか」
「⋯⋯俺は確かに、感情表現が得意な方ではなかったが、もっと積極的にアプローチしたろ」
納得の行かない俺は、少しむくれて妻の作る賄いに手をつける。
「――旨いな」
「ええ。私はずっとあなたの感情が見えないから、胃袋を掴むまで苦労しましたからね」
ケラケラと笑う妻に、バツの悪さで頭を掻きながら俺は反論を諦める。
こういう話題で妻に勝てるわけがない。
「しかしな。上手くやれてるか心配になるんだ」
「あの二人なら大丈夫ですよ」
妙に確信的に言う妻に納得できないまま、会話を終えたのだった。
そして現在。
あの寡黙な彼が、店内に駆け込んで来て、大声を出している。
目に見えて感情が揺れているのが分かる。
何があったか、よりも、動揺する彼に驚いて、呆然と成り行きを見守ることしかできなかった。
「店長、体調が悪いので早退させてください」
絶対に嘘だ。
顔が少し笑っている。
だが、あの真面目な彼女が嘘をつく?
俺は、二人の進展の遅さに心配していた。
だが、ちゃんと二人は関係を育てていたようだ。
俺だけに見えるように満面の笑みを作る妻が、俺の顔を覗き込む。
分かってる。
俺だって真面目な二人の邪魔をする気はないさ。
「分かった。今日は何とかする」
妻が嬉しそうに俺の背を叩く。
そうだよな。
これで正解だよな。
その日はなぜか客が多くて忙しかったが、不思議と心は軽かった。
「なあ。仕事中の二人の雰囲気があまりにも変わらないから、性格が合わないのかと心配してたんだが」
後日、俺はからかい半分、本音半分に彼に話しかける。
彼は、少し顔を赤らめて、一瞬なにかを考えた表情をした。
「店長。観測者効果って知ってます?」
「なんだそれ」
「観測者の存在が、実験の結果そのものを変えちゃうことなんですけど」
「⋯⋯なるほど?」
「それです」
いや分からん。
あとで妻に聞いてみるか。
俺は「照れ隠しだな」と判断して、彼の頭を撫でる。
「ちゃんと彼女を守ろうと動けたの、偉いぞ」
俺の言葉に、彼は俺の手を振り払いながら言った。
「――もう、ランチのお客さん来ますよ。仕込みは大丈夫ですか」
寡黙で真面目な彼は、“らしくない”言葉を、俺に吐いたのだった。
――その後、妻に観測者効果の話をしたら、彼女はとても嬉しそうに笑って。
「ふふふ。可愛いですね」
「どういう感想なんだそれは」
「だって要約すると“私たちが見てるから素っ気なくしてた”ってことになりません? 観測者である私たちがいるから、彼は親密な態度を取れなかったってことですよ、きっと」
ああ、そうか。
やはり普通に照れくさかったのか。
「……観測者効果か」
俺は妻の笑い声を聞きながら、さっきの彼の赤い耳を思い出す。
真面目すぎるほど真面目で、職場では“職場の顔”を崩さない。
それが、観測者がいるときの二人なんだろう。
「……ま、可愛いな」
そう言った俺に、妻がもっと嬉しそうに笑った。




