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ゆきまこ!

伴 -Fortune- 【2019年書き初め@ゆきまこ】

作者: 水成豊

「新年、明けましておめでとうございます!」

日付変更の時報と同時に、つけっぱなしのテレビからアナウンサーの年始の挨拶が聞こえてくる。なんとなしにそれを聞いていた田崎たざきしんは、座椅子からゆっくり身を起こすと、テーブルの上の冷めたコーヒーを飲んだ。

深夜にもかかわらず、どこからともなく複数の人の声がする。1月1日午前0時、新しい年の幕開けと共に、今年の初祈願に向かう人々だろうか。

かくいう自分は、年末はギリギリまで仕事の調整があって帰省の確実な予定が立てられず、今年はアパートに留まることに決めていた。友人たちはそれぞれに予定がある様子だったし、かと言って今から実家に戻っても、姉や姉の子たちにここぞとばかりにイジられるだけだ。それならいっそ、一人で自由に過ごすのもいいかと思っていたのだが。

「案外ヒマなもんだ」

12月31日、大晦日の昨日。たまの完全オフなのだからと気合を入れて始めた大掃除も、持てる知恵をフル活用して臨んだら、ほんの数時間あまりで済んでしまった。残り時間で年越しと年始の買い出しに出かけ、溜まっていた録画と特番を行き来しながら夕食と年越し蕎麦を平らげ、満腹感とともにぼんやりうとうとして……そうして現在に至る。

どうにも自由すぎて困るな。

そう感じるのは一人だからだろうか。それ自体は気兼ねなく楽に過ごせて苦にはならないが、周囲の動向を見るにつけ、なんとなく手持ち無沙汰で落ち着かなくなる。

「……行くか」

やおら宣言してこたつを出る。確か近くに、周辺地域では比較的有名な神社があったはずだ。この町に越してきてから一度も訪れたことのない場所ではあるが、話の種に行ってみるのもいいだろう。

「元旦だしな」

自身でブーストをかけ、クローゼットの中からダウンジャケットを取り出すと、早速身に着けてブーツを履いた。


*******


外は降雪も積雪もなく静かだ。アパートから2キロほどの距離を、歩いて神社に向かう。

「お。あれか?」

商店街の裏手にある一角が明るく照らされている。どうやら思っていたよりもよほど由緒があるらしく、同じ方向に向かう人の数が徐々に増えていく。そうしてたどり着く頃には、境内は大勢の初詣客でごった返していた。

荘厳で大きな社を前に、思わず感嘆のため息が出る。瞬く間に白く変わる息を巻きながら、とりあえず手水を取って身を清め、それから列に並んで順番を待った。

「へー……夜中なのに案外いるんだな」

老若男女入り交じる境内。鈴を鳴らし参拝を済ませた後で、改めて辺りを見回してみた。参拝の他に、御朱印帳を出すもの、お守りや破魔矢を買うもの、参道の露店に繰り出すものと様々だが、ここはひとつ正月らしく。

「引いてみるか」

社務所の一角に置かれたみくじ箱。年頭の運試しとばかりに小銭を投入して、早速一枚引いてみた。薄く塗られたのりをぺりぺりと剥がして開き、神の言葉ことばしるべに目を通す。

健康、学業、金銭、商売、移転、それに。

「ん?」

思わず眉を寄せる。


『待ち人きたる。ともすべし』


とも?」

古式ゆかしい言葉の並びに首を傾げつつ、ひととおり結果に納得し近くの枝に結ぼうと足を踏み出したその時。

「あれ」

無数の紙が結ばれた灌木かんぼくの傍に立つ細身の女性。ふわふわした起毛の帽子をかぶったその横顔には見覚えがあった。真剣な眼差しを追ってゆっくり近づき、声をかける。

「雪菜ちゃん?」

「ふわっ?!」

おかしな叫びと共に彼女がこちらを向く。白い頬が染まると同時に、こぼれ落ちそうなくらいに目が見開かれた。

「た……っ! 田崎!」

「なんでここに? 雪菜ちゃん、このあたりに住んでたんだっけ?」

「え、あ、違うけど」

「そうか、残念。ご近所さんだったんなら嬉しかったのにな……でも、それならなんで」

特段意図はない気軽なその問いに、彼女が明らかに狼狽えると同時に、少しだけ眉間にシワが寄ったのを見て慌てる。

「あ、いや、いいんだ。雪菜ちゃんがどこに初詣に行こうが自由だし、理由を俺に話す義理はないし、だから話したくないなら別に」

ぶんぶんと目の前で両手を振り弁解すると、彼女がふいっと視線を逸しつつ言った。

「恵方だったのよ」

「えっ?」

「今住んでるトコから見て、この神社がちょうど良かったの。去年恵方の神社に初詣したら、一年通して結構いいことあったから、神様に今年もそうなるといいなって……」

思いもよらない理由に、こちらが面食らって言葉を失う。すると彼女の頬がふくっと膨れた。

「なによ。げんを担いだりしちゃ悪いわけ?」

「いやそんなことは。雪菜ちゃんって、結構信心深いんだねぇ」

「それってビミョーに馬鹿にしてない?」

「そんなことないって! 神様に願掛けとか、それって純粋で心がキレイな証拠だし、夜のうちに初詣とか殊勝で真面目だし、それに……」

はたと彼女のいでたちを見つめて。

「かわいいし」

ボソリと真剣な本音がこぼれ出る。

「来て良かったな……って、年始早々煩悩まみれだな、俺」

「は? なにか言った?」

「なんでもない! と、ところで雪菜ちゃんもおみくじ引いたの? どうだった?」

手の中に残っていた紙片に目をつけ、慌てて話題を切り替える。すると彼女の顔が一瞬で真っ赤に染まった。

「どうしたの?」

「べっ、別になんでも……なんでもないからっ!」

言いながら隠すように急いで折りたたみ、コートのポケットに大事そうにしまう。

「それ、持ち帰るんだ」

「うん。ちょっと……いい内容だったから、お守りにしようと思って」

「そっか。イイねそういうの。俺も真似しようかな」

そんなつもりは毛頭なかったはずなのに。けれど、彼女ほど信心深くはない自覚はあれど、なんとなく手放したくなくなってしまったのだ。同じように丁寧に折って、ダウンのポケットにしまい込む。

「マジ神ってるのに、置いてけるわけないもん」

そのときふと、彼女がつぶやく。

「なに? どうかした?」

「なんでもないっ! それよりほら、あっちで御神酒おみき配ってるらしいから飲んでこーよ! 縁起物だよ!」

言うなり腕を引っ掴み、グイグイ引っ張って歩きだす彼女。その勢いに圧されるまま、後を追って歩きながら、眞は小さな笑みを浮かべた。

「神ってる、ね」

神のお告げだけに、まさにいい得て妙。思わずプッと吹き出す。

「ちょっと何? 突然笑ったりして。気持ち悪っ」

ひどいなぁと苦笑を返し、それから気を取り直して晴れやかに告いだ。


「おしますよ、雪菜様」



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