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3 聖女さんと女神さま

遅ればせながら、第三話です

 ギルド長に日ごろの愚痴をぶちまけていたら、随分と長くなってしまいました。もう宴会は終わってしまっているでしょうか。


 少し急ぎ足で、雑多な街を抜けて酒場を目指します。この街に来てからもう二週間は経ったでしょうか。それでもこの入り組んだ道はなかなか覚え切れません、ここは探知スキルを使ってしまいましょうか。


 道に沿って回り道、なんてのも面倒なので、ここは屋根伝いに真っ直ぐ向かってしまいましょう。ユーゴさん達ほどではないですが、私もそこそこ身体能力はある方ですので、この程度でしたら難なくこなせますし。


「いや! だから、金が無いなら先に言ってくれ! というか聖女様はどこへ行ったんだよ! こいつらを放置しないでくれ!」


 何やら酒場の中から大きな声が聞こえてきます。何やら揉め事、しかも私の事を呼んでいる風です。


 ……ああ、また何かやらかしたのですか。


 酒場の引き戸を開け、中を覗き込んでみれば怒鳴る店主さんと、その前でおろおろとしているルピスさん。そして何故か自信ありげに立っているユーゴさん達。


「あのー」


「聖女様!」


「あの、何かウチの者が失礼をしたようで……」


「ああ、こいつら無一文なのにしっかり飲み食いして帰ろうとしやがったんだよ」


 無一文……? まあ私の事を忘れて帰ろうとしたのは目を瞑りましょう。ギルドに長居をした私も悪いのですから。

 

 それはともかく、ユーゴさんには酒場で飲み食い出来るくらいのお金は渡してあるはずですが……


「あの、ユーゴさん。お財布はどこへやってしまったんですか?」


「分からん! 多分どっかで落とした!」


 この人達は次から次へと……勇者じゃなかったらはっ倒しているところです。勇者でもはっ倒したいところですが。


 落としたのはまあ千歩譲って仕方ないとして、何故そこまで自信ありげなんでしょうか。理解に苦しみます。


 ヴェインさん、「よくあるよなー」じゃないですよ。よくあって貰っちゃ困るんですよ。ただでさえお金が無いっていうのに。


 ともかく店主さんに謝罪し、飲み食いした分を清算します。迷惑料を含めて少し多めに渡しておきましょう。今後また迷惑をかけないとも限りませんし。


 そのまま食事を出来るような雰囲気でもないので、宿屋に向かう事にします。ああ、夕食をとり損ねてしまいました。せっかくダンジョンから帰ってきたというのに、また保存食ですかね。


「アンジュ殿、これを」


 おもむろにルピスさんが差し出してきたのは、紙に包まれたサンドイッチです。


「これは……」


「このままではアンジュ殿が食いっぱぐれると思っての。先ほどの食事のありあわせで作っておいたのじゃ。不恰好なのは申し訳……だから何故泣くのじゃ!?」


 何故でしょう。人の優しさに触れることが久しぶりだからでしょうか。涙が止まりません。


 涙を拭いて、ところどころ不恰好なそのサンドイッチを一口。


「あたたかいですね」


「もうとっくに冷めてしまっておると思うのじゃが……」


 心の問題でしょうか。ルピスさんの優しさが心に染みます。


 今食べたこのサンドイッチは、ここ数ヶ月で食べたどんな食事よりも美味しいと感じました。








 

 宿屋に到着し、私達のとっている部屋にたどり着くと、ユーゴさん達は直ぐに眠ってしまったようです。随分と飲んでいたみたいですからね。


 ちなみに、一応宿屋は二つ部屋を押さえていて、男性陣と女性陣に分かれています。こちらの部屋はレリアさんと私、それからルピスさんの部屋になっています。


 元々三人部屋を二人で使っていたので、ベッドも余っていたので丁度いいですね。


 レリアさんも部屋につくなり直ぐに窓際のベッドに倒れ込み、ものの数秒で眠りに落ちてしまいました。


 私も今日は疲れました、何かあったように直ぐ対応できるよう、廊下側のベッドを使わせてもらって早めに寝るとしましょうか。


「それではルピスさん。おやすみなさい」


「うむ」


 


 そして夜半。なにやら気配を感じて目が覚めました。すぐさま辺りに探知スキルを発動させますが、敵対反応は無いようです。一先ず安心ですね。


「あの……アンジュ殿」


 気がつくと、ベッドの脇にルピスさんが立っていました。私のパジャマを着てもらっているのですが、サイズが合わないようで肩がずり落ちそうです。


「はい、どうしました?」


「昔の夢を見て……眠れないのじゃ。一緒に寝てもいいかの?」


 ああもう! キュンと来ました! 枕を胸元に抱えてコテンと首をかしげる仕草も実にグッドです!


「アンジュ殿?」


「あ、いえ。どうぞどうぞ」


 いけません、少しトリップしていたようです。これもルピスさんが可愛いすぎるのがいけません。なんて罪作りなんでしょうか。


 いそいそと移動し、ルピスさんのスペースを開けて、彼女を招き入れます。


 特有の体温の高さが、彼女がまだ子供である事を示しています。昔の夢……という事は、封印された時の事でしょうか。よっぽど怖い思いをしたのでしょう、彼女の目元にはうっすらと涙の後がありました。


 私のベッドに潜り込んできたルピスさんは、近くに人が居る事で安心したのでしょうか。直ぐに寝息をたてて眠ってしまいました。寝顔も実にキュートです。


「……んう。お姉ちゃん……」


 ああ! もう! この方は私をキュン死にさせるつもりでしょうか! さすがは邪神様、人の心を奪う事に長けているという事でしょうか。


 もはや私の心に女神への信仰なんてものはありません。今日から私は邪神教徒です! 

 ルピスさんと旅を出来るのであれば、聖女になったことも一概に悪かったとは言えないですね。








 その夜。夢を見ました。


 いえ、夢というよりは神託を受けた、というべきでしょうか。言い方はなんであれ、私は女神様たちが存在する領域、神域に足を下ろしていました。


「聖女アンジュ」


 そして目の前に存在する彼女、シンプルな貫頭衣に身を包んだ美しい方が、私を聖女にした女神アウローラ様です。


 今では様をつけるのにも若干の抵抗がありますが。


「なんでしょうか、アウローラ様」


「先ほど、貴方からの信仰が途絶えました。貴方の行動を見ていたのですが、まさか邪神の信者になるとは……」


 ああ、なるほど。それで呼び出されたんですね。


「邪神への信仰を辞める気は「ありません」ですよね」


 そりゃもう私はルピスさんに首ったけですから。


 そんな私の返答を聞いて、疲れたようにふう、と溜息を溢すアウローラ様。まあこの人も苦労しているのは分かっていますが、それとこれとは別問題です。


「ああ、もう面倒ね。どいつもこいつも」


 何やらうっとおしそうに手を振るアウローラ様。その一振りで神域の雰囲気が変わりました。具体的には白一面の空間から、ちょっとした小部屋へと。


「これで他の神々から覗かれる事も無くなったわ。ここは私のプライベートな空間だからね」


「良かったのですか? 下界の人間と会話するときはあの空間で、というルールだと聞いていますが」


「いいのよ、あんな面倒ごとを私一人に放り投げて傍観決め込んでるやつらの事なんて」


 アウローラ様は、今回の勇者召喚に際して聖女の認定とサポートを担当している女神様なのですが、どうも他の神々から厄介ごとを押し付けられて辟易しているようです。


「あんな神々しかいないんじゃ、信仰心も無くなるってもんよ」


 そう、私が信仰をやめたのはアウローラ様ではなく、そのほかの神々の方です。アウローラ様は、なんというか勇者パーティーにおける私のような立ち位置の方で、よくこうして愚痴を吐きあう仲なんです。


「それにしても、アンが邪神信仰に走るとは思わなかったわね」


「見てたんなら分かるんじゃないですか?」


「まあね。あれは反則よ。激カワだわ」


 まあこの方も私と同じく可愛いものに目がないといいますか。非常に趣味が合うので今ではちょっとした友人といった感じです。


「まあともかく他の神々は私がなんとかしておくから、気にしなくていいわ」


「大丈夫なんですか?」


「いざとなったらアンを聖女から外すと脅しておくわ」


 まあそれなら大丈夫でしょう。他の神々も私がいなくなったらあの勇者たちの暴走が止まらないのも分かっていますからね。


「それと、加護は今までどおりだから気にしなくていいわ」


「ありがとうございます」


 それだけが若干気がかりだったのですが、それも問題ないようです。


「それじゃあまたね。何か困ったら教会に来なさい」


「はい」


 アウローラ様が手を一振りすると、私の意識が闇の底に落ちていきます。






 明け方、腕の中のルピスさんのぬくもりを感じながら心地よいまどろみを楽しんでいると、不意に部屋に轟音が鳴り響きました。


 音の出所、窓際に目を向けてみれば、レリアさんが寝返りで宿の壁を破壊しているのが見えました。


 ……この際、ルピスさんを連れて実家に帰ってしまいましょうかね……

第四話は明日になります。

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