2 聖女さんとギルド
ユーゴさん達が飛び出していった後の小さな部屋に、私と邪神さんが二人残されていました。
……どうしましょう。とりあえず依頼の討伐証明は取っておかないとと思ったのですが、これはもしや大変な失礼をしてしまったのではないでしょうか。
「おんし、名はなんというのじゃ」
「あ、すいません。私はアンジュと申します。一応聖女なんてものをやらせて貰ってます」
何か気に障る事を言ってしまったでしょうか。邪神さんは何も言わずに真っ直ぐこちらを見つめています。
というかこの邪神さん、よく見てみればとても可愛らしい方ですね。ぱっちりとした二重の目に、黒鳥の濡羽の様な漆黒の髪がさらりと揺れています。ああ、私は何を考えているのでしょうか。
「いや、すまぬ。アンジュ殿が誰かに似ているような気がしてな」
誰か、という事は邪神さんが封印される前のお知り合いでしょうか。
「まあよい。妾の名はルピス。好きな様に呼ぶとよい」
「はあ」
「なんじゃ、その気の抜けたような声は」
おっと、邪神さんの可愛らしさに思わず溜息が出てしまいました。
「いえ、ルピスさんは邪神なんですよね。私の聞いていた話と随分と違うなあと思いまして」
邪神といえば、破壊を好み、暴虐の限りを尽くす、というのが私のイメージです。過去の文献などでもその様に書かれていました。
「そういう事か。妾は他の邪神とは生い立ちが異なるからな」
「生い立ち、ですか」
「うむ。妾はかつて他の邪神と戦い、敗れた邪神の娘なのじゃ。妾の母上は破壊の限りを尽くす他の邪神達のあり方に反対しておったらしく、そのせいで他の邪神達と争う事になったらしい」
なるほど。
「まあ結果として敗れてしまったのではあるが。妾はそんな母上の意思を継ぐ為にその力を継承したのじゃ。まあそのせいで、教会に目をつけられ、ああして封印されてしまったのじゃが」
過去を思い返すような遠い目をしながら、とうとうと語るルピスさん。人を見かけや立場で判断してはいけませんね。
「まあこうして復活したからには、信者を増やして力を蓄え、他の邪神達を……ってどうしたアンジュ殿! 何を泣いておるのじゃ!?」
「ずび……ずみまぜん。なんでだか涙が……」
ああ、弱いんですよこういうのに。良い人じゃ無いですか、邪神さんも、そのお母様も。
腰のポーチから取り出したちり紙で、ずびんと鼻をかみます。
「自分で言うのもなんじゃが、よく邪神の話なんぞ簡単に信じるのお」
「ああ、それなら私は看破の魔眼を持っていますので、嘘なら嘘と直ぐに分かるので」
二ヶ月ほど前だったでしょうか。ダンジョンの宝箱から出てきたオーブを使ったら身についちゃったんですよね。まあ割と役に立つのでありがたいですが。
「魔眼とはまたけったいな……妾の知っている聖女とは随分と違うようじゃな」
難しい顔をしているルピスさん。そういう顔も可愛らしくて素敵ですね。
「そんな事はともかく、早くユーゴさんたちを追いかけましょう。放っておくと何をしでかすか分かりません。むしろもう何か起こしていると考えていいでしょう」
「そ、そうか。随分と信用が無いんじゃな」
信用なんてあるわけ無いじゃないですか。
残念ながら、といいますか。案の定、といいますか。やっぱりユーゴさんたちがすんなりとダンジョンから脱出しているわけがありませんでした。
「あー、完全に出口とは反対方向に進んでいますね……」
「ん? アンジュ殿は探知まで出来るのか?」
「ええまあ。あの人たちは直ぐにどこかへ居なくなってしまうので」
「随分と苦労しとるみたいじゃな。しかし、探知魔法を含む無属性魔法は光属性の魔法とは反する属性のはずじゃ。アンジュ殿は聖女という事は光属性の魔法を使うのじゃろう? 何故無属性の魔法が使えるのじゃ?」
ああ、そのことですか。
「ああ、私一応全属性に適正がありますので」
苦手な属性が無い、というだけですけどね。別段光属性の魔法が得意という訳でもありませんし。
むしろ最近は探知やらなにやら、無属性の便利な魔法を使う機会の方が多くなりつつあるくらいですから。
何やら難しい顔をしているルピスさんですが、まあいいでしょう。ともかくユーゴさん達を追いかけましょう。
罠にかかっていたユーゴさん達を助け、魔物蠢くモンスターハウスに突っ込んでいこうとするレリアさんを押し留め、魔法を打ちたがるヴェインさんを宥めてどうにかこうにかダンジョンの入り口まで帰ってきました。
「よっしゃー! 酒場へ行って宴会だー!」
なんでこの人達はここまで元気なのでしょうか。私はこんなにも疲れ果てているというのに。
ともあれ、走り出していったあの人達のことは一先ず置いておきましょう。私はギルドで今回の依頼の達成報告をしなくてはなりません。
「ああ、ルピスさんも先に酒場へ向かっておいて下さい。私も後で合流しますので」
「いや、妾のことも報告するのじゃろ? ならば妾も同行したほうがよいじゃろ」
「……? いえ、別にしませんけど?」
「……ほえ?」
ルピスさんから可愛らしい声が漏れましたね。
ああ、そういえばルピスさんは邪神でしたね。本来ならギルドへ報告しなければいけない所なのですが……
「……?」
まあ別にいいんじゃないでしょうか。ルピスさんは悪い事をするような人には見えませんし、何より私がそこまでする必要性を感じません。
いつも面倒ごとを押し付けられてるのですから、このくらいのズルは見過ごしてもらいましょう。
「という訳で、別にギルドに報告するつもりも無いので、ルピスさんは酒場の方へ行っちゃって下さい。あの四人を放っておくのも心配ですし」
「そうか。それならその言葉に甘える事にしよう。それにしても……アンジュ殿は楽観的というかなんというか……」
「楽観的……ですか。まあそうかもしれませんね。何かと事が起こってから対応する癖がついているもので」
トラブルを予測して回避しようにも、あの人達はそんな予想を軽々と飛び越えていきますからね。
「苦労性ゆえの……か。まあよい。酒場で待っておるぞ」
とてててと走り出して行くルピスさんを見送り、私はギルドの中へと足を進めます。
中に入った途端、いつものようにギルド中の視線が私に集まります。やはり勇者パーティーの一員となれば注目を集めてしまうのも仕方が無いですね。
「おい……」
「ああ、聖女様だ……」
「おい、ちょっかいかけるなよ。『豪腕』が初日に絡んで瞬殺されたらしい」
「まじかよ。あいつは素行は悪いけどBランクの冒険者だぞ」
なにかひそひそと話している人がいますが、まあいいでしょう。今は報酬の受け取りが優先です。
カウンターを見てみれば、いつも私の担当をしてくれる受付嬢さんがいたので、その人に頼んでギルド長を呼んで貰います。
「すまない、待たせたな。座ってくれ」
案内された個室で待っていると、強面のギルド長がその巨体を揺らしながら入ってきました。
「まずは今回の報奨金だ。受け取ってくれ」
手渡された皮袋の中には、金貨がずっしりと詰まっています。この瞬間だけは大金持ちになった気分ですね。
「おや、少し多いような気がしますが」
「ああ、王国からの補助金も入っている」
「補助金ですか。助かります。少し厳しかったもので」
しっかり数えてみれば、レッドドラゴン討伐の報奨金の倍近くが詰まっていますね。王国も気前がいいものです。
「なあ、少し気になったんだが。お前らはかなり稼いでるはずだろう? 何故いつも金に困っているんだ?」
何でも何も、原因なんて……
「勇者さんが思いつきで編み出した技で壊した遺跡の弁償に、魔法使いさんが魔導書と騙されて普通の日記を高額で買わされて、女戦士さんが寝ぼけて宿を破壊して、それから……」
「……なるほど。大変だな」
「いえ、慣れてきましたから」
慣れたくなんてなかったですけどね。
明日の夜に、三話と四話を投稿します。