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短編集

新学期の始まり

作者: あめのひ

「先輩って、前に時間は有限だから無駄には使えないって豪語してませんでしたっけ」

「言ったな、それがどうかしたのか」


 学ぶことを終え社会へと旅立っていった卒業生たちとの別れを経て、新しい生活への期待で胸を膨らませた新入生たちを向かい入れた学び舎、そして去年と変わらずに学業に励んでいるものたちの学年が一つ上がる桜の季節。

 新入生を求めて勧誘活動を行う上級生たちの声が遠くに聞こえる学部棟の一室には、選択科目の初回講義を控えた二人の男女が横に並んで座っている。


「それがどうしたって、なんで私の学年の専門科目に先輩がいるのかなと不思議に思いまして」

「それはだな、かわいい後輩が専門科目で一人にならないようにという親心さ」

「調子のいいこと言ってますけど、先輩は親じゃないですよ、たしかにこの講義を受けている友達はいないですけど」


 高笑いさえしそうな自信にあふれた雰囲気をまとっている先輩と呼ばれた男をジト目で睨みつけながら、後輩なのであろう女の子はため息をつきつつもかすかな笑みを浮かべている。

 難易度が高いと有名であまり好まれておらず、今も教室にいるのは配属希望で必要なためとらざるを得ない、情報を集めておらずシラバスをみて受講を決めた学生と合わせても二十人程度でしかおらず、先ほど教室入ってきたときには男の姿を見つけられてほっとした表情を浮かべた後輩であった。


「それに常に時間はたっぷりある、うまく使いさえすればと偉い人も言っているぞ」

「なんか聞いたことあるような無いような名言ですね、でもうまく使えなかったから先輩はここにいるんじゃないんですか」

「……うん」

「えっと、なんかごめんなさい」


 男はさきほどまでの元気さから痛いところを突かれたためか一転して、力なく項垂れた。


「そういえば、今年の部内イベントは八月の期末テスト後でしたっけ」

 

 後輩はそんな姿を見て取り繕うためか、持っていたバッグから筆記用具を机の上に取り出しつつさっきとは違う話を始める。


「……うむ、そうだな今年は我々が運営学年だからな、楽しい一日を約束しよう」

「それは楽しみですね、去年は途中で気分悪くなって先輩に迷惑かけちゃったから体力つけときます」

「懐かしいな、あの頃は素直でいい子だったのに今ではすっかり生意気になってしまったな」


 何かを思い出しているのか遠くを見るような顔をしている男を、失礼なことを言われた後輩は再び睨みつける。


「そりゃ体調悪いときは素直にもなりますよ、そういう先輩だってあの頃は頼りになるって思ったのに同じ教室にいることになるなんて……」

「……」

「……」

「この話はどちらのためにもならないから、やめようではないか」

「そうですね……」


 二人とも落ち込んだのか会話が途切れたところで講義が始りを告げるチャイムが鳴った。


「それでは講義を開始する、授業の終わりに小テストを行うのでよく聞いておくように」

 

 講師のそんな言葉、学生からすれば決して聞き逃せない一言と共に始まった講義は、評判通りの難しさで専門用語が多く学生たちは必死にノートを取り小テストに備えた。

 

 八十分の講義、それも休み明けということもあって、数人の学生がうとうとし始めたころに行われた小テスト、それが回収されたタイミングで講義の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「以上で初回講義を終了する、各自よく復習と予習を行うように」


 講師が終了の挨拶を行い、退室したところで教室が賑やかになる。


「うーん、初回から難しい内容でしたね」


 後輩は固まった体をほぐすべく両手を大きく上に伸ばしながら、二回目だからということか余裕もあったのかすでに筆記用具を片付けていた先輩に話しかける。


「そうだな、あの講師は初回のガイダンスとかは一切なく小テストまであると覚悟して受けなければいけないからな」


 男は相槌を打ちつつ、ポケットから携帯電話を取り出し連絡が来ていないかの確認を行った。

 取り出された携帯電話は今の若者は持っている人が少なくなった折り畳み式の薄型で、折りたたんだ状態でもタッチパネル式の最新携帯と厚さが変わらないと宣伝されていたものだ。


「相変わらずのガラケーですね先輩、スマホのほうが便利ですよ、そろそろ変えましょうよ」

「何度言われても買い替えはしないさ、やりたいことがあるならともかく今は特にないからな」

「ほらSNSって便利ですよ、気軽に連絡取れますし」

「連絡といっても親やバイト先、部活ぐらいでどれもメールで事足りるからな、なにより複雑なものは使いこなせん」

「なんでそこで威張れるんですか、それに使い方ならいくらでも私が教えますよ」


 不器用であることに対して開き直っている男に後輩は何らかの期待を込めた眼差しを向ける。


「そんな手間かかるようなことはしなくていいぞ」

「はぁ、やっぱり先輩はこれだから……」

 

 あっさり断られたことあるいは期待を裏切られたことに対してなのか、少し不満げな顔で自分の荷物を片付ける後輩。


「そこまでスマホにさせたいのか、まぁそう膨れるな俺たちも勧誘を始めるぞ」

「膨れてないですよ、でもそうですねいっぱい入ってもらいましょうね!」


 そう言って二人は席から立ちあがった。

お読みいただきありがとうございました。

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