第7話 いつかの約束
「やっぱり覚えてないんだね。」
セレンちゃんは襟巻きを外して顔の前に持ってきた。その辛そうな悲しみの溢れた表情を見て心が痛む。
「え?なんでその名前を、え?」
「私ね、気付いてたんだよ?確信を持ったのは折鶴の時だったけど。」
俺はセレンちゃんとどこかで会っていたということ?いつ?どうして思い出せない?記憶にかかった霧で何もわからない。
「付喪神の伝説なんて信じてなかった。それでもね、ストールさんがリジムさんだったって事に気が付いたときはとっても嬉しかったんだ。」
声が震える。
「最初はね、気が付いていないだけだと思った。髪も少し切ったし今は結ってるから。それにリジムさんは私がこんなに動けて元気なことも知らなかった筈だから。...でも違った。忘れてた。私のことだけじゃない、きっと他のことも。」
目に涙が浮かぶ。その雫は次第に増えていく。
「それでも、忘れててもいいと思った。いつか思い出してくれればいいかなって。私はまた会えたことがとても嬉しかったから。もう二度と会えないと思ってたから。」
朧気な記憶の中の誰かと目の前の泣きじゃくる少女が重なる。
「でも、でもね。手紙でまた会いに行くって、面白い話してくれるって、遊ぼうって約束してくれたのに!なのにどうして無理をしたの?なんで死んじゃったの?!」
やくそく...約束...ああ。ふっと記憶の霧が消えた。思い出した。もう会いに行く時間がなくて、あまり心配させたくなくて、帰るんだっていう自分を奮い立たせる意味も込めて送った手紙。
どうして忘れていたんだろう。どうしてこんなに大切なことが思い出せなかったんだろう。
「ご、ごめんね。こんなこと言ってもわかんないよね。迷惑だよね。」
立ち上がり部屋の外へ行こうとする少女の右腕を掴む。
「もっと前にした約束...一緒に旅や冒険しようってやつ。あれなら今でも果たせないかな?」
「え?思い出したの?」
「うん。まだ全部じゃないかもしれないけど。」
少女の涙を拭う。
「ほんとうに?ほんとなの?」
「本当だよ。約束...破っちゃってごめんね。」
「ううん、いいの。いいんだよ。おかえりリジムさん...」
「ああ、ただいま...」
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落ち着いてきたのでそろそろギルドに向かわないといけない。
もう少しで今回の件の調査報告が始まる。
「そういえばなんだけど、呼び方はリジムじゃなくてストールの方がいいな。」
「え?どうして?」
馴れ馴れしかったかな?でも前はそう読んでたし...
「元の俺は死んじゃってるから。それにセレンちゃんがつけてくれたストールのほうを今は気に入ってるんだ。」
よかった、名前気に入ってくれたんだ。名付けはかなり安直だったけど...
「...そっか!それじゃあ改めまして、ストールさんこれからよろしくお願いしますね!」
「ああ、よろしく。」
宿屋を出て歩き出す。まだ時間はあるので急ぐ必要はなさそうだ。
「そういえば前から気になってたんだけど。」
「どうした?」
「ストールさんの顔にあたるところってどこ?」
端の方は腕みたいだけど顔っぽいところはない。というか目がないのになんで見えてるんだろう。
「今の視界的にちょうどセレンちゃんの首辺りだと思うんだけど、やろうと思えば変えれるみたいだ。」
するっと右の端が持ち上がる。
「なんか首を腕で持ち上げてる感じがするというか、不思議な感覚だなぁ。」
「私としては小さい動物が肩にのってるイメージだね。」
キョロキョロしてるところは可愛いかなって思うけど、布が動いてるようにしか見えない周りの人からするとかなり不気味だと思う。
「なんか酔いそうだから元の位置に戻ります。」
どうやら首の辺りに戻ったようだ。てか、その状態で酔うとかあるんだ。
「見えるとか視界とかで思い出したけど。ストールさん私の着替え見たよね、少なくとも2回は。」
襟巻きがピクッと動いた。
「な、なんの事かな?」
ああ、これは確信犯だな。
「ストールさんのことだから不可抗力だとか言い訳してガン見したんでしょ。」
返事はないが襟巻きが完全に挙動不審だ。
「...たい。」
「へ?」
「ストールさんの変態!えっち!スケベ!!」
「確かに見ちゃったけど、ガン見はしてないよ!...してないよ?」
「見たことは認めるんだね?やっぱりえっちだ!」
リジムさん、いや、ストールさんとこんな風に前みたいにおしゃべり出来ることが嬉しくて、楽しくて。私やっぱり...
「悪気は無かったんだよー。」
「スケベー!」
ふふっ、楽しいなぁ。
「か、勘弁してくれぇー。」