ウルフキング
翌日、シィルは依頼のため朝早くからギルドの前へとやって来た。
ポーションを作るための水が汲めないと飯の種がなくなってしまう……。早めに解決してもらわないと!
そのために自分が出来ることがあるのなら手伝うつもりだった。
「おう、よく来てくれた。ちょうど今から出発するところだったんだ」
手を上げてシィルを呼んでいたのはライヘンだった。
そして彼の周りには剣や斧、槍といった武器を持ったたくさんの冒険者たちがいる。
また、そんな彼らでほとんど姿が隠れてしまっていたが、リエットも腰に二本の短剣を差して一緒に混ざっていた。
こういった緊急の出来事はギルドメンバー総出で当たるので受付の彼女も強制参加のようだ。
ただ、あまり戦闘には慣れていないようで小さく震えていることをシィルは見逃さなかった。
「それで僕は一体何をしたらいいのかな?」
リエットの側に近づくと彼女に質問をする。
するとシィルの姿を見て少しホッとしたようで体の震えが収まっていた。
「シィル君は基本怪我した人の手当をお願いね。ポーションを渡すだけでいいから。使った分は後から支払うってギルド長も言っていたからね」
なんだ、そんなことか……。
それならポーションだけ渡せば自分は必要なかったんじゃないのか。
シィルは少し疑問に思ったものの自分がいつも使っている小川がどうなっているのかも気になるのでその辺りは考えないようにした。
◇◇◇
グルードラ森林の側までやってきた。
この辺りは普段魔物が出ない場所になる。今も一度も魔物に会うことなく小川付近まで来ることが出来た。
せっかくだし少し汲んでいこうかな?
シィルはポーション用の瓶を取り出すと多めに小川の水を汲んでおく。
これでここまでこれなくてもしばらくの間はポーションが作れるな。
すると突然森の方で大きな声が聞こえる。
「グルルルルっ!!」
ぱっと振り向くとそこには狼型の魔物であるウルフがいた。
でもあまり強くない魔物だし、冒険者の人たちなら倒したことがあるだろう。
シィルはどことなく安心して冒険者たちの様子をうかがっていた。
するとあっさりとそのウルフは倒されたが、その後またすぐに別のウルフが現れた。それも一体ではなく複数――。
「魔物が統制をとっているだと!?」
ライヘンが驚きの声をあげる。
弱い魔物が統制を取っていると言うことはそのボスに当たる魔物が存在することを意味していた。
「くっ、倒しても倒してもキリがないぜ!」
斧でウルフを倒していく冒険者のおじさんが不満を口にする。
さすがにこのレベルの魔物には負けることはないだろうが、問題はその数だ。
気がつくとその数は冒険者の数よりも多くなっていた。
「さ、さすがにこの数は……」
リエットも両手で短剣を持ち、ウルフの相手をする。
ただ、数の暴力に抗いきれずについに押され始める。
「ぐっ、このままだと……こんな時に彼らがいたら――」
ライヘンの顔にも焦りの色が見える。とその時に森林から他のウルフよりひときわ大きく、強者の雰囲気を身にまとった魔物が現れる。
「あ、あれはウルフキングだと!? そうか、あいつが統制を取っていたんだな!」
驚きの声を上げるライヘン。
それを見たウルフキングはニヤリと微笑み、大きな雄叫びを上げる。
「グルルルルルゥゥゥ!!」
それはウルフが現れた時に聞いた声であった。
そして、それと同時にたくさんのウルフたちが襲いかかってくる。
「ま、まずいよね……これ」
一人、また一人と冒険者たちが統制のとれたウルフにやられていく。
そして、シィルの目の前に一体のウルフが現れたその時……。
「シィル君、大丈夫!?」
そのウルフを手に持っていた短剣で切り裂くリエット。ただ、その顔色が明らかに悪い。
どうしたのかと見てみるとお腹のあたりに血が滲んでいた。
ウルフに引き裂かれたのかもしれない。
「大丈夫? 今ポーションを――」
カバンの中からポーションを取り出そうとしたその時、ウルフキングと目が合うシィル。
すると何か感じたのか、統制を取ることを意識していたはずのウルフキングがシィル目掛けて走り出してくる。
「えっ!? な、なんで?」
そのことに驚愕するリエット。そして短剣を構えるものの恐怖で足はすくみ、まともに動ける様子ではなかった。
やられるっ!?
ギュッと目を閉じてしまうシィル。
しかし、一向に痛みが襲ってこない。
どうしてだろうとゆっくりと目を開ける。
そこには赤髪の剣士、長身の槍使い、白いローブを着た少女の魔法使い、そして、エリーの姿があった。
そして、シィルたちに襲いかかろうとしていたウルフキングは彼らによって倒されていた。
「大丈夫ですか? 助けに来ましたよ」
エリーのその言葉にシィルは安心し、その場に座り込む。
それはリエットも同じだった。
「いいところに来てくれた」
ライヘンも彼らの姿を見てホッとした声を上げる。
「おぉ、あれはSランク冒険者の『赤い星』じゃないか!?」
「なにっ!? うおっ、本当じゃねーか。ならもう安心だな」
他の冒険者たちも一様に安心した声を上げていく。
「彼らはエリーが?」
「はい、シィルさんが困っていらっしゃいましたので、お父様に頼んでみたら、ちょうど彼らがいらっしゃいましたので一緒に来ていただきました」
微笑みながら説明してくれる。
その間も『赤い星』と呼ばれた三人はすごい勢いで残されたウルフたちを倒していっていた。
「それよりシィルさん、ポーション余ってますか? 怪我をした人に配りましょうか」
エリーに言われて初めて気づく。
そのために自分がここにいることを……。
「ご、ごめん、リエット。すぐポーションを出すよ」
慌ててポーションを取り出してリエットの傷口に掛ける。
「ありがとう、シィル君。おかげで体が動かせるようになったよ」
元気に手を回してみせるリエット。ただ、あの深い切り傷がポーションで治るはずがない。
「うん、あまり無理しないでね。とりあえず僕の側から動かないでね。悪いけどエリーは残りのポーションを怪我がひどい人から配っていってくれないか?」
リエットは不服といった表情をしていたが、それでもおとなしく頷いてくれる。
そして、今の自分が出来ることを考えてエリーに指示を出す。
すると彼女は微笑みながら首を縦に振る。
「はい、わかりました」
シィルは鞄からあるだけのポーションを取り出す。
それをエリーに渡して配ってもらう。ただ、それだけでは全然量が足りない。
シィルは余っている材料で追加のポーションを作っていった。