ただのポーション?
「お父様、どうしてシィルさんに本当のことを言わなかったのですか?」
シィルが帰っていった後、エリーは疑問を私に投げかけてくる。
彼がくれたポーションは今までどんな治療専門の魔法使いや医者、薬師に診せせても治らなかったエリーの難病を治してしまった。
最上級ポーションを使っても治らなかった病気を……だ。
そう考えると彼が売っているポーションは、どんな傷、病気でも癒す伝説の薬であるエリクサークラスのものということになる。
しかし、シィル本人に確認したところ彼は最上級ポーションということすら否定してしまった。本当にただのポーションだと思っているのだろう。
確かにそれは仕方ないかもしれない。
ポーションをそれほど深い傷に使用することはまずない。使うならまず軽い傷になる。
そして軽い傷にエリクサーを使っても、普通のポーションを使っても結果は同じ、傷が治るだけだ。
「エリーは彼を見てどう思った?」
「とてもお優しいお方でした……」
エリーは頬に手を当てて顔を染める。
エリーの抱える病気は今にも彼女を寝たきりにさせようとしていた。そんな中でも昨日は比較的体調がよかったので、散歩の許可を出した。
それを一人で回りたいというエリーの希望を最大限考慮し、護衛は遠方より感知魔法で居所を把握するに留めていたのだ。
いざ何かあったときはすぐに駆けつけるように警戒態勢を整えて……。
そして、おそらくエリーもこれが最後の散歩と覚悟していたのだろう。
しかし、そんなときに弱り切った身体のエリーに優しく接し、更に治らないと思っていた難病まで治してくれた。そんな相手に恋心とまではいかずとも惹かれる気持ちを持っても何ら不思議ではない、か。
父親としてはもう少しシィルに背丈と男らしさがあってくれればと思うのだが、エリーが惹かれてるのなら……。それに打算的なことも考えるのなら彼の力も興味深いからな。
まぁでも、とにかく難病が治ったことを喜ぼう。
「それなら明日からは少しずつ街を散歩してはどうだ? 体の調子を戻す必要もあるし、なにより街を歩いていればまた彼に会えるかもしれないぞ」
エリーの気持ちを最大限考慮しての援護射撃だ。
「そ、それもそうですね。またシィルさんに会えるかも知れませんよね」
両頬に手を当てて更に顔を赤めるエリー。
昨日まで命の心配をしていたのに、今は恋の悩みか。なんとも微笑ましく感じながらも、他にできることはないかと考える。
「一応、彼らにも連絡を取っておくか。あの『赤い星』に……」
ミグドランドは羽ペンと紙を取り出すと、昔、自分を助けてくれた冒険者パーティに向けて手紙を書く。
◇◇◇
手紙を出すためにミグドランドは冒険者ギルドへとやって来た。
ここ冒険者ギルドは魔物討伐や未開地の開拓、素材採集や街の清掃といった雑務も引き受けてくれる、いわゆる何でも屋みたいなところであった。
中に入ると冒険者が受付係に詰め寄っていた。
あの子は確か今朝シィルと話していたリエットだな?
もしかしたらエリーの強力なライバルになるかもしれないとミグドランドは興味深げに彼女を眺めてみることにした。
「今日は普通のポーションしかおいていないのか?」
「すみません、本日はそれしかご用意できませんでしたので――」
しばらくして、本当にそのポーションしかないとわかるとその冒険者はため息を吐きながらトボトボと去って行く。
そして、それを見送ったリエットも大きなため息を吐いた。
その誰もいなくなったタイミングを見計らってミグドランドは彼女に声をかけた。
「大変そうだね」
「ひゃぁ!? あっ、ユーグリッド様――。本日はどのようなご用でしょうか?」
気が抜けた一瞬をつかれ、飛び上がりそうなほど驚くリエット。しかし、すぐに笑みを作りミグドランドの相手をする。
「いや、今日はこの手紙を届けて欲しいんだが、それより――」
リエットに近付くと小声で話し始める。
「あの少年のポーション……、君はその秘密を知っているのか?」
「えっ、いえ、その……」
言いよどむリエット。しかし、最後には観念して話してくれる。
「はい、あれはたまたま大けがを負った人がこのギルドに担ぎ込まれたときの事なのですが、中級以上のポーションがなく、それを買ってくるまでの時間稼ぎにシィル君のポーションを使ったんですよ。すると一瞬でその大けがが治って――」
確かにただのポーションなら小さな怪我しか治せない。
大けがを一瞬……ならそれが最上級ポーション以上のものとわかっただろう。
「なるほどな。それを他の誰かには?」
「い、いえ、言うはずありませんよ! そんなことをしたらシィル君の力を求めていろんな人が来ますから――。最上級ポ-ションなんてそうそう作れるものじゃないですし。ただ、私が言わなくても実際に使った人の中にはわかっている人もいるみたいですが……。それに――」
リエットは声を出そうとするがそのまま固まって、急に沸騰したように顔を赤く染める。
そして、左右に首を必死に振った。
「と、とにかく、シィル君がよその町とかに行ってしまうのは避けたかったんですよ」
なるほど……。やはりこの子はエリーのライバルとなりそうだ。
シィルとの仲を考えるとこの子が一歩リードしているか……。
いや、今のところギルドの受付とポーション売りという仲でしかないようだし、彼の力についても話す気がなさそうならまだ大丈夫だろう。
「あぁ、そのほうが良さそうだね。最上級ポーションが作れるなんてわかったら王都の薬師ギルドとかから勧誘がくるかもしれないからね」
一応リエットには本当のことは言わずに釘を刺しておく。
すると彼女は顔を真っ青にして何度も首を縦に振り頷いてくれた。