イルトの野望
「ぐっ、なぜこの私が傷を負うのだ……」
シィルのポーションを浴び、黒ずんだ皮膚を撫でながら第二王子イルトは悔しそうに口を噛み締めていた。
「この私が何かの傷を負うなど考えられるはずが……。いや、私が手にしたのは魔の力か……。上級ポーションを触媒にようやく手に入れたこの力……まさかそんな弱点があったとは……」
ミグドランドからもらったポーション。あれを見て一目でただのポーションではないと気付いた。
しかも、それが難病すら治すとなると上級……いや、それ以上も考えられる。そして、魔の力を手にするためにもまたかなり高威力の聖なる薬が必要であった。
そのときは渡りに船だと譲り受ける。そして、魔の力を得るための触媒として利用した。
本来なら自分たち兄弟で一本だった薬が、兄も妹も薬そのものには興味がないようなので、あっさりと自分が手にすることが出来た。
◇◇◇
薬には興味がなく、ただミグドランドの娘であるエリーにしか興味がない、喧嘩っ早い愚直な兄。
何か隠し事はしているようだが、それはあのポーション売りのことで、おそらく恋い焦がれているのであろう妹。
彼らでは国の頂点に立つには役者不足だ。自分こそが頂点に立つにふさわしい。
不敵な笑みを浮かべるイルト。
実際に彼は兄に負けないように勉強をし、剣を学び、魔法も高威力のものが使えるほどであり、いずれも『兄に劣らぬ』と評判だった。
だが『兄を超えた』と評されることはない。その理由はたった一つだけ……兄より遅く生まれた、それだけで同等の能力を有していようと、イルトは兄の下に見られ続ける。
自分にもっと力が……。圧倒的な力があればもっと国を良い方向へと導いていけるはずだ。それは兄ではできない。自分にしかできないことだ!
独り鬱屈とした感情を隠し持つイルトの前に、ある時、怪しげなローブを被った男が現れる。
そして、その男はなぜかイルトに魔の力を体に宿す方法を教えてくれた。と言っても方法は簡単であった。
聖なる力を持つ薬にとある闇の魔力を込めて、それを飲み干すだけ……。
闇魔力の込め方はローブの男が教えてくれた。あとは聖なる力を持つ薬だけであった。
その薬はより強力なものほど力を得られるらしい。強力な薬……例えば妹の病気を治したような……。
ユーグリッド家の令嬢が治療不可能と言われた重病から快復した。そんな噂を耳にしたイルトは何か運命めいたものを感じ、兄と妹の三人での巡行を王に掛け合って見た。
最初は渋っていたものの兄や自分の剣技には騎士長クラスでないと歯が立たないことを理由に王を口説き落とす。
ただ、王の方も何かあってはと裏で貴族やギルドの方に根回しは行なっていたのだが。
◇◇◇
こうして、ようやくたどり着いた噂のポーション。これが極上の力になるはずと魔力を込め飲み干してみる。すると体の奥底から際限なく力が湧き上がってきた。
この力があれば、今度こそあの兄に勝てる……。と思っていたのだが、まさかの弱点が判明してしまう。もしかして、ポーション全般に弱くなっているのだろうか?
イルトは一度試しておいた方が良さそうと判断し、道具屋の方へと足を運ぶ。
「いらっしゃいませ。はっ、い、イルト様、本日はどのような御用件でございましょうか?」
道具屋の店主が揉み手をしながら近づいてくる。普通の人なら不愉快に感じるかもしれない。
ただ、イルトは王族である自分が店に行くとどこでもそのような態度を取られるのでさほど気にしていなかった。
「店主、ポーションと……あと中級や上級のポーションは売ってるか?」
「あいにくと上級ポーションは切らせておりますが、普通のポーションと中級ポーションは多数ご用意しております」
「では一本ずついただこう」
「はっ、すぐにご用意いたします」
自分でもなれないこの鷹揚な言葉遣いにイルトは少し苦笑いする。
見た目にあまり威厳のない彼は、一人でいるときはなるべくこの言葉遣いをするように心がけていた。ただし、兄といるときはからかわれるのでほとんど使用しないが。
◇◇◇
ポーションと中級ポーションを手に宿屋へと戻る。
そして、まずは普通のポーションをゆっくりと手にかけていく。
あのシィルが持っていたポーションみたいに痛みがくるのではとギュッと目を閉じてゆっくりとかけていく。しかし、いつまで経っても痛みは襲ってこず、手には流れる水の感触しかなかった。
目を開けて見るがそこは黒ずんだり、煙が出てきたりする様子は見られない。
普通のポーションだと弱すぎて何も起こらないだろうか?
そう思い中級ポーションでも試して見る。しかし、結果普通のポーションと同じであった。
つまり、魔の力を持った自分を傷つけることができるのは難病すら治すというシィルのポーションだけということだ。ならば奴さえどうにかすれば……。
誰もいない部屋の中、イルトは高笑いを続けるのだった。
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