貴族様の舘にて
男性と歩いていると冒険者ギルドの前でリエットが掃除をしていた。
「おや、シィル君。今日は早いんだ……ね?」
隣にいた男性を見て固まるリエット。
そして、シィルの手を引っ張って小声で話しかける。
「ど、どうしてシィル君がユーグリッド様と一緒にいるの!?」
「ユーグリッド様?」
首をかしげるシィルにリエットは思わず顔に手を当てる。
「もう……、さすがにこの町に住んでる貴族様の名前くらいは覚えなさいよね……。そこがシィル君らしいけど」
貴族様? 一体誰が? ってすぐ隣にいるこの人たちしかいないよね?
確かにどことなく品のようなものを感じたし、なるほど、貴族様というなら納得だ。
シィルは腕を組み二回ほど頷く。
「それで一体何をしたの?」
「な、何もしてないよ。ただポーションを渡したら病気が治ったみたいで……」
「なるほどね。うん、わかったわ」
それだけでリエットは話を理解したようだ。
シィル自身はどういうことか未だに理解すらできていなかったのに……。
「ねぇ、それってどういう――?」
「そんなことより貴族様を待たしているわよ。今日の分のポーションは道具屋ででも買ってくるから早く行ってくるといいわ!」
そうか……、まだ今日の分のポーションを作っていなかった。あとから作らないとね。
シィルは慌てて男性の下に戻ると再び歩き始める。
◇◇◇
そして連れてこられたのはやたらと大きな館だった。
普通に生活をしていては一生縁がないような大きな庭付きの舘。
それをシィルは口を開け呆然と眺めていると、少女がクスクスと笑みをこぼす。
「中に入りましょうか」
少女に言われシィルはその中に入っていく。
シィルが案内されたのは大きな食堂だった。
長いテーブル、先がよく見えないのではないかと思えるほどのそれ。椅子を引かれているがそれでも座ることをためらってしまう。
「ここに座ってくれたまえ」
男性に勧められて初めて腰をおろすことが出来た。
「少し待ってくれ。今、朝食を作らせているからな」
やはりポーションのお礼に食事をご馳走してくれるようだ。それならお言葉に甘えて頂かせてもらおう。
「はいっ! あっ、いえ、ごゆっくり……」
困惑するシィルを見て、その隣に座った少女は小さく微笑んだ。
「ふふふっ、何も気にしなくても良いですよ。それより改めて自己紹介しますね。私はエリー・ユーグリッドです。昨日はあなた様のおかげで救われました。本当にありがとうございます」
その場で立ち上がるとエリーはスカートを手で軽く持ち上げ挨拶をしてくる。
「そ、そんな……、ただのポーションを渡しただけですよ。そこまでされると困ります」
「ただの……ね」
シィルの回答に男性が顎に手を当てて考え込む。
「お父様?」
「いや、なんでもない。それより私はミグドランド・ユーグリッドだ。よろしく頼む」
ミグドランドはシィルに手を差し出してくる。
それを少し迷いながらもゆっくりと手を取る。
「僕はシィルと言います。町でポーションを販売しております」
「ポーション……だね? よかったらそのポーションを見せてくれないか?」
普通のポーションなのにどうしてだろう?
不思議に思いながらもシィルはカバンの中から一本、ポーションを取り出す。
それをテーブルの上に置くとミグドランドは一瞬目を見開いたもののその後は平静を保っていた。
「なるほど……、それでこのポーションは最上級ポーションなのか?」
まさか貴族であるミグドランドが冗談を言ってくるとは思わなかった。
シィルは少し驚きながらもおそらくは自分を和ませてくれようとしている配慮だと考えた。
「いえ、これは普通のポーションですよ。そんな最上級ポーションなんて僕には作ることが出来ませんので」
苦笑を浮かべながら答える。
「なるほど……、普通のポーションか……。エリーに渡したのもこの普通のポーションだったのか?」
「はい、そうですよ」
シィルは即答する。しかし、疑問に思ったエリーが口を挟もうとする。
「あの……、私の病気は――」
「エリー!」
何かを言おうとしたエリーはミグドランドの声に言葉を詰まらせる。
「わかった。ではこれを一本売ってもらえないだろうか? 値段はこちらで」
ミグドランドが差し出してきたのは白く輝く白金貨であった。
銅貨の十倍が銀貨。
銀貨の十倍が金貨
一般に流通しているのはこの三種類だ。
そして、取引額が大きくなるときに使われる金貨の百倍の貨幣がこの白金貨となっていた。
は、初めて見た……。一体これ一つで自分の何年分の稼ぎになるのだろう……。
一瞬手を差し出しそうになったが、さすがに値段とものが釣り合わないのでそれを受け取るわけにはいかなかった。
「いえ、このポーションは銅貨八枚になりますのでそこまでのお金は受け取れませんよ」
そう伝えるとミグドランドは声を大にして笑い出す。
「そうかそうか、あいわかった。それならここまで来てもらった手間と昨日の分の薬代を合わせて銀貨二枚を渡そう。それなら受け取ってもらえるな?」
それならたまに多めに渡してくる人もいる。何らおかしくないだろう。
銀貨を受け取ったシィルはポーションをミグドランドさんに手渡す。
「ありがとう。君は娘の命の恩人だ! もし今度何かあったら私を頼ってくると良い。ただ、たまにで良いからこのただのポーションを売りに来てくれると助かる」
さすがに大げさだとは思ったものの定期的に買ってくれる人が増えるなら歓迎だとシィルはそれを頷く。
そして、ようやく運ばれてきた高級そうな料理に舌鼓を打ち、この館から出て行った。