治療
シィルは大量のポーションを納品し、その代金として金貨を受け取った。
せっかくだし今日くらい少し豪勢なご飯にしようかな……。
金貨を弄びながら食堂へ向かって歩いて行く。すると突然小さな少年に後ろからぶつかられる。
しかもそれだけではない。
シィルが弄んでいたそのコインはいつの間にかぶつかってきた少年が持っていた。
そして、少年は走り去って行った。
「ま、待て!」
シィルは少年を慌てて追いかける。
「へっへーん、待てと言われて待つやつが……へぶっ!?」
シィルの方を向きながら走っていた少年は前に来た人とぶつかる。
「んっ? 誰だてめぇ?」
少年がぶつかったのは第一王子であるアルタイルだった。
軽々と少年の首元をつかみ持ち上げる。
「は、離せ―!!」
なんとか逃れようと足をばたつかせるが結局無駄だとわかりおとなしくなる。
「それでこいつは? んっ、お前は確か……」
アルタイルは何か考え事をしていた。そして、驚きの声をあげる。
「お、お前はまさかポーション売りか!?」
「そ、そうですけど……」
どうして自分のことを知っているのだろう……? そういえば王女様も自分のことを知っていたな……。
呆然とアルタイルを見ると彼は少年を投げてよこす。
「あいたっ」
「こいつに用があるんだろう? ならそいつはくれてやるよ」
「いえ、なんで僕のことを?」
シィル自身のことを聞きたがっていたのだが、アルタイルは手を上げて去って行ってしまった。
◇◇◇
王女といい、アルタイルといい、どうして自分のことを知っているのか……。それは気になるもののまずはお金のことだね。
「僕から取ったお金を返して!」
鋭くにらみつける。しかし少年はギュッとそれを手の中に握りしめて言ってくる。
「嫌だ!!」
このままお金を取ったままだとどうなるか……。少年も知らないわけはないだろう。
捕まった盗人は衛兵に渡され、その後奴隷等に堕とされ、終始労働に勤しむこととなる。
しかし、少年は強い瞳を向けてくる。まるでそうしないといけないかのように……。
「どうしてお金を?」
すると少年は顔を伏せる。やはり何か事情があるのかもしれない。
しばらく少年は迷っていたようだが、ぽつりと呟いた。
「マヤを……」
「んっ? マヤ?」
他の部分は聞き取れずそれしか聞こえなかった。
すると少年が繰り返す。
「マヤが……妹が病気なんだ……医者を呼ぶために金がいる……」
病気か……。風邪くらいならポーションで治るんだけどな……。
自分の鞄を眺める。しかし、それほどの病気だと自分には治せない。
それと事情を聞いてしまってはお金を取り返す……なんてことは出来なかった。
するとそれをどこで聞いていたのか、ふたたび突然アルタイルが現れる。
もうどこかに行ってしまったと思っていた……。
シィルは少し驚きの顔を見せる。
「それならこいつを連れていけばいい! お前がほしがっている薬の持ち主だ」
「う、嘘……!?」
少年が期待のこもった眼差しを向けてくる。
しかし、シィルはそんな向けられても応えられる薬を持っていなかった。
「あの……僕にそんな薬は……」
「なに、ポーションでもやればいいだろう? 病気は気の持ちようなんだ! これは効く薬だと信じて飲めば治るやもしれん。そして、こいつの妹が治れば、こいつももうスリなぞしなくていいだろ?」
少年に聞こえないようにアルタイルが言ってくる。
確かにアルタイルの言うことももっともだ。
今の自分に出来ることをしてあげよう。
「絶対治せるとは言えないけど、一つだけ約束してくれる? もしマヤさんが治ったらもう二度とスリのようなまねはしないと」
「あぁ、約束するよ」
少年の口からそのことを言わせて安心するとシィルは再び口を開く。
「それじゃあマヤさんのところに案内してくれるかい?」
「こっちだよ」
少年は小走りでシィルたちを連れて町外れにあるボロボロの家へと案内してくれる。
◇◇◇
少年が案内してくれた先にあった家。
その中に入るとそこにはボロボロの布団に包まって辛そうにしている少女の姿があった。
「マヤ、もう大丈夫だぞ。ちゃんと先生を連れてきたからな」
「おにい……ちゃん……。私は……大丈夫……」
苦しそうに咳き込みながら、それでも少年へ向けて微笑むマヤ。
すると、少年は目に少し涙を浮かべる。
ただ、それをマヤに気づかれないように背を向け涙が止むまで空を仰ぎ見ていた。
「それでマヤはいつ治るんだ? 俺にできることは?」
少年は妙にやる気になりながら指示を仰いでくる。
シィルはカバンから薬を取り出して少年に渡す。
「まずはこの薬を飲ませてくれるかい? 一応特効薬だから……」
すると少年は震える手でポーションを受け取るとゆっくりとマヤへ持っていく。そして、ゆっくりとそれを飲ませていく。
あとはマヤの回復力を信じて……ポーションでどこまで回復するだろうか。
少し心配になりながらもマヤを見守る。するとポーションを飲んだマヤは光で覆われ、少しずつ顔色が良くなっていった。
「なるほどな……」
シィルの隣で見ていたアルタイルはそれだけ呟いてさっさと去っていった。
「ありがとう、お兄ちゃんのおかげで助かったよ。あっ、これ、本当に悪かった……」
少年がようやく笑顔を見せてくれ、頭を下げて謝ってくる。
シィルは少年にから金貨を返してもらうと、ポーションを一本渡す。
「えっと……、俺、薬の代金払えないぞ?」
「うん、またお金できた時でいいよ。念のために持っておいた方がいいでしょ?」
シィルから薬を受け取った少年は感動のあまり目から涙を流し、シィルの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。




