手紙
本日五話目
マナの騒動の後、なぜかシィルの元には薬草採取の依頼が舞い込んでくるようになった。
とはいえ、あくまで本業はポーション売りでそれを変えるつもりはなかったので、自分用に薬草採集するついでにこなせる最低限だけを行なっていた。
そして、今日もギルドの前にやってくるとリエットが掃除をしていた。
「やぁリエット、今日もせいが出るね」
「あっ、シィルくん。今日も頑張ってるね。それじゃあ今日ももらえるかな? うーん、本数は五本にしておこうかな」
銀貨四枚を受け取るとポーションを五本渡す。
最近はリエットに売る分だけで宿代が払えるので生活が楽になっている。
「僕としてはありがたいけど、そんなに買ってもらって本当にいいの?」
「うん、私も助かってるよー」
「あっ、シィルさん、来てくれたんだなー。こっちにどうぞー!」
中からエプロン姿のマナが腕にしがみついてきてギルドへと引っ張っていく。
「もう、勝手に……」
それを頬を膨らませながらも追いかけるリエット。
◇◇◇
中に入るとシィルは厨房に一番近いテーブルへと連れてこられた。
「ちょっと待っててね。今料理を持ってくるから……」
「い、いや、僕は注文なんて……」
「お金は気にしないで。私のおごりだからね」
マナは笑顔を見せると厨房の方へ小走りでいく。
いやいや、そういうことが言いたいんじゃないんだけど……。
「ごめんね、シィルくん。マナちゃんには後から言っておくから……」
「いや、大丈夫だよ」
前の強気な態度はすっかりなくなり、楽しそうに働いているようだった。
元気に笑顔を振りまく今の彼女の方が生き生きとしているので、結果よかったかなとシィルは感じていた。
「うわっ、焦げる、焦げる!」
いきなり厨房のほうからからマナの不穏な声が聞こえる。ただあまり考えたくないので聞こえなかったことにしておく。
「そうだね。何か別の目的ができたみたいだから結果的に良かったよね……」
リエットが厨房の方へ視線を向ける。
「うわっ、塩と砂糖間違えた!」
でも、すぐに視線をシィルへ戻した。
本当に食べれるものが出来上がるのか心配になってくる。
◇◇◇
それからしばらく待つと、息があがり、エプロンは調味料で汚れきったマナが小さくはにかみながら料理を持ってきた。
「えへへっ、少し失敗しちゃった……」
そのお皿には、少し黒く焦げた卵焼きのようなものが載っていた。
「さすがにこれは食べられないよね。また作り直してくるから……」
慌ててお皿を下げようとするマナ。
シィルにいいところを見せようと頑張ってくれたのは見て取れる。それなら自分に取れる行動は――。
目の前のお皿とマナを見比べて覚悟を決める。
シィルはフォークを掴み、マナが作ってくれた卵焼きに手をつける。
小さく切り分け、その一欠片を口へ運ぶ。
一部焦げた部分が苦味を感じさせるが、それ以外の部分はおかしくない。少し味付けが濃いような気もするが、気になるようなレベルではないし、マナの歳を考えると十分すぎるほどの出来であった。
「うん、少し焦げてるけど味は大丈夫だよ」
シィルが感想を告げるとそれまで息を飲んで見守っていたマナはパッと花が咲いたような笑みを見せてくれる。
「ほ、本当に!? だって少し焦げちゃったし味付けも失敗したかもって……」
「うん、全然食べられるよ。美味しい……」
そのまま残りも全て平らげる。するとマナは本当に嬉しそうにお皿を片付けてくれた。
それを見ていたリエットがシィルの肩を叩いて言ってくる。
「優しいんだね」
リエットはニヤニヤと微笑みながら、それでもその表情はどこか嬉しそうだった。
「そんなことないよ。本当に美味しかったからね」
そう言って席を立ち、ギルドから出ようとした。
そのタイミングでライヘンが奥から慌てたように飛び出してきたが、シィルの姿を見てどこかホッとしたように近づいてくる。
「ちょうど良かった。今からシィル君に会いにいこうとしていたんだよ」
そう言いながら握りしめていた紙を広げてくる。
グルーラ町ギルド長、ライヘン・ミュルツ殿
王国第一王子様と第二王子様、第二王女様がそちらの街へご訪問されます。
王都ギルド長、ミュードリア・ガンマー
書かれていた文字は少ない。ただその重みはシィルにもはっきりと伝わった。
それでもどうして自分に見せられたのか……それだけが理解できなかった。
「なぜ、これを僕に?」
「いや、何かあった時のためにポーションを確保したいのだ。数十本……いや、百を超えたとしてもその全てをギルドで買い取ろう」
そうか、相手は一国の王子や王女……。何かあった時のために……怪我を治療する手段がいるんだな。
それならシィルでも協力できる。
小さく頷くとライヘンは満足そうに更に言葉を続ける。
「それと……、今日はエリーくんとは一緒じゃないんだね。彼女にもこのことを伝えておいてくれるか? 別ルートですでに聞き及んでいるかもしれないが、念のために……」
確かに貴族であるエリーの家族にも伝えておかないといけないね。
「あとは……そうだ! アランたちにも声をかけないと! シィル君も彼らを見つけたらここに来るように声かけを頼むよ」
「はい、わかりました。それでは僕はもう行きますね」
やっぱり誰でもできるようなことだった。それでわざわざシィルを探していた理由は気になるが、用事のある人全員の知り合い……とかそのくらいの理由だろうな。
まずはエリーの家だよね。
やることを思い返しながらシィルはギルドを出ていった。




