プロローグ
ポーション売りの少年、シィルはカバンの中に作ったポーションを詰め込み、町の方へ販売に来ていた。
彼が売るのは普通のポーション、値段は銅貨八枚。
宿代が一泊銀貨四枚であることを考えると一日に最低五本は売らないと宿にすら泊まれなかった。
「ポーションはいりませんかー?」
大きな声を上げ、なるべく周りの人に見てもらえるようにする。
普通に道具屋とかでも売られているポーションを買ってもらうには少しでも目立つように売るしかなかったからだ。
「シィルくん、今日もせいが出るね」
ちょうど冒険者ギルドの前を通り過ぎるタイミングでシィルに話しかけて来たのはギルドの受付、リエットだった。
整えられた黒のワンピースに白いエプロンと鮮やかな茶色の髪がよく似合う美少女だ。
今日も朝早くからギルド前を清掃していたのだろう。
「えぇ、これが生活の糧ですからね。たくさん売らないと……。と言っても数に限りはあるんですけどね」
シィルは苦笑を浮かべる。するとリエットがエプロンについているポケットを漁り始める。そして、シィルにお金を渡してくる。
「今日も三本お願いね」
「はい、たしかに銀貨二枚と銅貨四枚受け取りました。ではこちらをどうぞ」
カバンの中から三本のポーションを取り出し、リエットに渡す。
「でも毎日買っていただいていいのですか?」
シィルとしては助かるが、こんな普通にどこでも買えるポーションをわざわざ自分から買ってくれることに申し訳なさすら感じていた。
しかし、リエットは笑顔を見せながら手を振ってくる。
「私の方こそ助かってるよ。なぜかシィル君の作るポーションは人気があってね。すぐに売り切れてしまうから……。本来は傷を負って帰ってきた人を救うための薬なんだけどね」
たしかに冒険者なんて危険な仕事をしていたら戻ってくるときに傷の一つや二つ負っていても不思議ではない。
それなら自分のポーションでも売れてしまうのだろう。
「いえ、僕の方こそ助かっています。それでは僕はそろそろ行きますね」
「はーい、頑張ってねー」
リエットに手を振って見送られることにどこか心地よさを感じながらも再び声を上げて客引きを開始する。
◇◇◇
そして、夕刻時までそれを続けるとポーションが残り数本くらいまでは売れてしまう。
「そろそろ宿に戻ろうか……」
日も暮れてきて、お金も宿代以上に稼ぎ終わった。それならと宿に向けて歩き始める。
しばらく歩くと少し顔色を悪くした少女を見かける。
純白のワンピースと長く鮮やかな金色の髪、そしてどこか上品なその少女にシィルは目を奪われてしまう。
ただ、その少女は歩くことすら辛そうにしており、それを見て見ぬ振りはできなかった。
「大丈夫ですか?」
思わず声をかけてしまう。すると、突然声をかけられたことに少女は驚く。
しかし、そのあとすぐに小さく微笑んだ。
「は、はい……、だ、大丈夫です」
口ではそう答えたもののかなり無理をしていることは一目瞭然であった。
さすがにそんな状態の少女を放っておくことができなかった。シィルはカバンの中からポーションを取り出して、それを少女に渡す。
「これ、ただのポーションだけど気休めになるかも……」
「そ、そんな……、受け取れません、そんな高価な……」
さすがに売り物をタダで受け取るなんてことはしてもらえない。
ただ話しているうちに少女の顔色は更に悪くなっていく。
どうしたら受け取ってもらえるか必死に考える。そして、思いついたことを少女に提案する。
「それなら、君が元気になったらそのポーションの代金を払いにきてよ。お金はその時でいいからね」
そして、ポーションを少女に押し付けるとそのままシィルは走っていく。
あの少女ならまだ断ってくるだろう。それなら無理やり押し付けた方がまだマシだ。
ただ、ポーション自体が小さな傷を治したり、軽い病気を治したりする効果しかない。
もし彼女が大きな病気とかだったら……いや、そもそも大きな病気なら外に出てこないよね?
それならあのポーションでなんとかなるだろう。
少しだけ良いことをしたシィルは少し良い気分になりながら宿へと帰っていった。
◇◇◇
そして、翌日。
日が登り始めると同時に町の外へ出てポーションの材料となる薬草などを拾い始める。
これがいつもの日課なのだが。今回は思わぬ出来事によってそれを邪魔されてしまう。
「あ、あの方です!」
まだ朝も早く周りに誰もいないような時間……。
それなのに突然響き渡る少女の声に思わずシィルは驚き、そちらを向いてしまう。
するとそこにいたのは昨日ポーションを渡した少女ともう一人、服の上からでも鍛えられた体がわかるほど隆々としていた四十歳前後の男性だった。
やはり少女と同様にどこか品のようなものを感じられる。
「君が娘を難病から救ってくれた少年だね。本当に感謝してもし切れないよ。是非とも我が家に来てくれないか?」
男性がシィルの手を握り、それを大きく上下に揺らしてくる。
難病? 救う? 一体どういうことだろう?
自分がしたのは少女にただのポーションを渡しただけ……。もしかして、ただのポーションで病気が治った……?
いや、普通のポーションで治るくらいの病気ならここまで感謝されることはないはず。せいぜい少し寝たら治る程度のものだろうし。
シィルは訳が分からずにとりあえず曖昧な笑みをこぼしていた。
そして、どうにかこの場をやり過ごそうと周りをキョロキョロ見渡すと少女と目が合う。
にっこりと微笑んでくれる彼女の顔色はすっかり良くなっており、昨日のような苦しそうな感じは微塵も感じられなかった。
彼女が治ったのは正しいようだ。となると昨日言ってたように代金を支払いに来てくれたのかな?
それだけでは礼が足りないと一食くらいご飯くらいご馳走してくれるのかもしれない。
そう考えると断るのも失礼かと思い、男性の申し出を受けることにした。
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