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『冷鳥ルイ』作品

帰宅したら人魚が空き巣に入ってました。

作者: 冷鳥ルイ


「まだ9階かよ…」


青年は周りの人に聞こえないような小さな声で呟いた。

最も、エレベーターを待っているのは彼だけのようだが。

おもむろにポケットからスマートフォンを取り出し、適当に暇つぶしをする。

すると、意外と早く待ち時間が終わるのだ。

扉が開き、中から人が降りてこないのを確認すると、青年はエレベーターに乗り、『10階』のボタンを押す。

同乗者がいない空間は居心地がよい。

しばらくすると、上のほうにある階表示が10階を示す。

エレベーターがゆっくりと減速していき、10階と書いてあるエレベーターホールが見えてくる。

青年は扉が開くのを待つ。

聞きなれた効果音がして、エレベーターの扉が開き青年は自分の部屋へと足を運ぶ。

『1008』『1009』『1010』と部屋番号が変わっていく。

そして、彼は『1011』と書かれた扉の前で足を止めた。


*************************************



ガチャ、という音を出して扉の鍵が解除される。

扉を開き、ささっと靴を脱ぎ、鍵を靴箱の上に置く。

ここまではいつもどうりだ。

だが、


「ん?なんだ、濡れてる。」


廊下へと一歩踏み出した途端、靴下が冷たくなった。

通路を奥まで見渡してみると、点々と水が垂れている。

まるで誰か濡れていた人が歩いたかのように。

青年は最悪の事態を想定した。

空き巣、だ。

考えてすぐに、玄関に置いてある傘を手に取る。

これが彼なりの戦闘態勢だ。

さらに携帯を取り出し、電話番号110と入力する。

通話ボタンを押そうとするが、ここで青年は踏みとどまる。

本当に空き巣なのか?と疑念がわいたからだ。

もしや、親が様子見に尋ねてきただけではないだろうか。

青年は考えてみる。

確かに自分の親はこの部屋の鍵を持っていて、お節介をよくする。

この前なんて、勝手に家に上がって夕食を作っていた。

そうだ、今日もそうに違いない、と青年は確信する。

この水もなんか料理で失敗したのだと。

傘を元の場所に戻し、青年は再びリビングへと足を運ぼうとする。

だが、ここで大事なことに気づく。

玄関を振り返れば、それが確信につながった。

靴置き場には、今自分が脱いだ靴がある。

当然だ。

けれども、親がもし来ているとすれば、親の靴もなければならない。

それはどこにもなかった。

勘づくと青年は再び戦闘モードに戻る。

忙しい人だな、という感じである。

親が来ている、という可能性は粉々に砕け散った。

ではなんなのか。

もう空き巣決定ではないか。

青年は絶望した。

仮に空き巣だとして、今犯人はいるのだろうか。

犯人がいた場合、運が良ければ警察に突き出せる。

いなかった場合、危険はもうないが全財産が0円になっているかもしれない。

どちらにせよ、とりあえず警察を呼んだほうが良いのだろうか。

できれば、警察は呼びたくないのだが。

ここで110番をすれば、事情聴取などといって、睡眠時間が大幅に削られる。

明日は休日だが、もう刑事さんに対応する気力がない。

ここは勇気をだして、リビングまで到達しよう。

彼は決意した。

黒い傘を構えながら濡れた廊下を一歩また一歩と進んでいく。

ついにリビングと廊下の境界線であるドアの前まで来た。

ドアのガラスから中の様子を伺う。

出ていく時に切ったはずの電気は何故かついており、水滴もリビングの奥まで続いていた。

人の気配はあまり感じられず、ドア越しに棚を見てみると、荒らされたようには見えない。

もしや、心霊現象か!と青年は感じ、恐怖心が増幅する。

相手の正体が分からないと人間は簡単に怖くなってしまう。

このままこうしていても埒が明かないので、青年はついにリビングへ突撃する。

入ってすぐに死角をなくすため、まずキッチンを覗く。

水溜まりもなく、どうやらここはなにもされていないらしい。

次に食卓やソファースペース。

ここは少し濡れている。

だが、何かいじられた形跡はない。

どうやら『居間』には誰もいないらしい。

しかし、居間から繋がっている寝室はまだわからない。

残念なことに寝室に向かう水の後もある。

青年は傘を構えたまま寝室の方へ向かう。

そして、ドアノブに手をかけた。

この青年の部屋はリビングと寝室とお風呂、トイレしかない。

リビングには誰もおらず、廊下から枝分かれしている風呂、トイレの方は濡れていなかった。

要するに、誰かいるとしたら後は寝室しかないのだ。

ガチャっと小さな音がして、扉が少し開く。

極力音を出さないように気を付けたのだが、ドアがキキっと音を出してしまった。

青年は小さな隙間から、寝室を覗いた。

寝室は明かりがついておらず、ついているのは寝るときにつけておく薄いライトのみ。

それでも、部屋の様子を見るには十分な光だった。

まずは右側。

こちらにはクローゼットや姿見があるが、特に異常はない。

では左側。

こちらにはベッドがある。

青年はドアをさらにグググッと開く。

そして、徐々に部屋の全貌が見えてくる。


「よし、ベッドのほうも異常な……ん?」


おかしい。

ベッドで誰か寝ている。

それも髪が長い。

母親だろうか。

だが、それにしては体が小さい。

中学生か高校生くらいのサイズだろうか。

俺に妹いたっけ…と青年は思う。

そんなわけはない。

青年には妹どころか兄弟姉妹いないのだ。

最後までドアを開けきってみると、そこにいたのは一人でベッドで寝ている少女だった。

仲間はいないと見てよいだろう。

青年は傘を降ろす。

それではどうしようか。

この空き巣騒動の全貌がおおよそ分かった。

後はこの少女をどうするか、である。

とりあえずたたき起こそうか。

だけれど、この子が自分に敵意を示して来たらどうしよう。

少女とは言え、包丁とか持っていたら洒落にならない。

空き巣に入るほどなのだから。

そもそも、この子はどうやってこの部屋に入ったのか。

何が目的なのか。

おおよそ前の住人か管理人の娘なのだろうか。

どちらにしても迷惑な話だ。

青年はベッドに近づく。


「んん、お魚さんがいっぱい~」


よくわからない寝言をいっている。

なんだか小学生みたいだ。

青年はこの子をこのまま寝かせておくのは色々とまずいと思ったので、起こすことにした。

ただ、空き巣犯とはいえ、少女なので優しく起こすことに。


「あのー起きてください。」


何と声をかけていいのか分からず、とりあえず起きろと言ってみた。

だが、一向に起きる気配がない。

青年は早く寝たいのでスマートフォンの目覚まし音楽を鳴らして起こすことに。


「んん~うるさいなぁ。」


少女が何か言っているが、青年は容赦しない。

こちらとしては少女にかまっている暇などないのだ。


「んん、だあれ?」


少女は寝ぼけているがやっと起きたようだ。


*************************************


「えーっとそれで、君誰なの?」


食卓の席に座った青年が少女に訊く。

青年の反対側には少女が座っている。

寝室では薄暗くてよく見えなかったが、この子の髪は茶髪でロングだった。

服装は真っ白なワンピースで若干透けている。

年齢は16、17くらいだろうか。


「だから、言ってるじゃないですか。人魚ですって。」


少女は甲高い声で返す。

少女が起きてから青年はずっとこの質問をしているのだが、毎回人魚だと答えられていた。

しまいには体が濡れているのは海から泳いで来たから、などと言っている。


「あーやっぱり警察よんだほうがいいかな…」


青年は少女に聞こえるか聞こえないくらいの声で言った。

試しに出て行ってくれ、とも言ってみたのだが何故か拒否された。

こうなったら警察を呼ぶしかないのだろうか。


「聞くけど、なんで出て行ってくんないの?」


真面目な顔で聞いてきた青年に少女は微笑んでこう返した。


「行く場所がないからです。」


語尾に音符マークがつくような言い方をして少女は返した。

青年はこれを聞いてただただ呆れた。

だが少女は水色の瞳でこちらをじっと見てくる。

ふざけている様には見えない。


「じゃあ、いいよ。どうやってこの部屋に入ったの?人魚だろうとこれくらいは答えられるだろ。」


ため息をついてから青年は少女に訊いた。

すると、自称人魚の少女は顔色一つ変えず、


「能力使っちゃいまして。」


と返す。

は?という顔をする青年に対し、少女は何かのスイッチが入ったかのように語り始めた。


「まあ、そうですよね。こっちの世界の人には考えられないですよね…」


青年はこの子完全に痛い子だと思っているが、まだ話が続くようなので、ツッコミは入れないでおく。

少女は困ったような顔をしてからこう言った。


「この世界には裏側って物があってですね。」


どうしよう。

また何か変な事を言っている。

青年は怪訝な顔をする。

しかし、少女は構わず続けた。


「こっちの世界とあっちの世界では色々と異なる点があるわけなんですよ。」


なんだかベタな設定だな…と青年は呆れながら思う。

もっとうまい嘘がつけないのか。

そんな設定何十年前からもう使い古されてんだよ!

青年は心の中で叫んだ。


「大きな点でいえば、魔法と科学ですね。」


これには納得がいかない。

よく、魔法と科学は対義語の様な使われ方をするが、どう考えても魔法の方が強いだろう。

科学世界と魔法世界とが戦争したら、間違いなくこちらが負ける。

あくまで、青年の考えだが。


「まぁ、魔法の説明は長くなるんで飛ばします。それで、どうやってこの部屋に入ったのかというと…」


少女は片手を食卓の上に伸ばして見せた。

すると、少女の手のひらにはみるみるうちにこの部屋の鍵が出来上がった。

真っ白の新品の様な鍵だ。

青年は思わず、あっけにとられる。


「これが私の能力です。手のひらサイズの物なら大体創造できちゃうんですよね。」


また、少女は語尾に音符マークをつけた。

青年はついに自分を疑った。

こんなことがあるのか、と。


「で、どうです。さっきから私しか話していないんですけど。人魚ってこと認めてくださいよ。」


少女は決断を迫った。

だが、青年は依然シンキングタイムだ。

さっき作られた鍵は確かに本物だ。

作られていく様子を見る限りでは、マジックやそういう類ではない。

では、この子は人魚になるのだろうか。


「ええと、うん分かった。君が異世界から来てて、魔法が使えることは認める。」


本当は認めたくないけど、と青年は心の中で思った。

そう、本当は認めたくない。

けれど、認めないと話が進まないのだ。


「でも、それで人魚ってのは…てか、足生えてんじゃん。」


確かに少女には足が生えている。

さらには差し出されている手のひらにも水かきの様な物はない。

こんな体で、本当に自由に海を泳げるのだろうか。


「それは…ちょっとここじゃあ証明できないんですよね。じゃあ、とりあえず魔法使いでいいです。」


少女は妥協した。

青年はこの言葉を訊いて少女に「それで?」と返した。

どうやらこの子、自分になにか用があるらしいと勘づいたのだ。


「先も言ったのですが、その…行く場所がなくてですね…」


少女はなんだかいいずらそうだ。

青年はこの発言で少女の事情を把握した。


「ここに泊めろと?」


少女は顔を上げて頷いた。

図星のようだ。

だが、青年は顔を苦くした。


「悪いけど、うちは無理。俺なんて一人暮らししてるけどまだ自立してないし。もっと裕福なところへ行ってくれ。」


そう、彼はまだ大学生。

仕送りとバイトで生活しているのだ。

生活もきつきつなのである。

青年はきっぱりと少女の申し出を断った。

曖昧な返事をして期待されるのも困るのだ。


「そ、そこをどうにか!生活費だったら考えもありますし。」


少女は身を乗り出した。

ここで引くわけにはいかない、という感じだろうか。

だが、青年にとってもここで引くわけにはいかない。


「いや、まずなんで俺?隣の人とか裕福そうじゃん。」


青年は周りの住人について聞いてみた。

隣、というのは1010室の住人である。

名前は確か相原だったか。

20代後半くらいで家族はいない人だったから、少女一人くらい養えるだろう。


「隣の部屋も入ってみたのですが…なんだか女の子の絵がたくさん貼ってあって…」


女の子の絵ってなんだ?

青年は少し考えてから答えにたどり着いた。


「相原さん、実はアニオタだったりすんのかな…?」


そう、アニメオタクである。

もしかすると結婚しないのも二次元への憧れ故なのかもしれない。


「じゃあ、反対の隣は?」


次は1012室の住人だ。

引っ越ししてすぐに挨拶にいっただけなので、事情は良く知らないが。


「あー、あの部屋はダメです。」


少女はバッサリ切り捨てた。

たまらず青年は「なんで?」と聞き返す。


「子どもがいるみたいなんですよ。しかも赤ちゃん。」


納得できる答えが返ってきた。

二年前に尋ねたときは子どもはどころか女性の姿もなかったが、どうやらあの男の人は結婚していたらしい。


「んーじゃあ、もう管理人さんでよくね?」


すぐに思いついたので青年は声にだしてみた。

しかし、投げやりな言い方をする青年に少女は再びバッサリと


「おじいちゃんじゃないですか。」


と答えた。

おじいちゃんの何がいけないんだ!、とつい反撃したくなったが、馬鹿みたいなのでやめた。

もうあのおじいちゃんもボケが始まっているみたいだし。


「ふぅ、まあ悪いがダメなものはダメなんだ。」


少し間をおいて、青年はため息をして呟いた。

そう、ダメなものはダメ。

青年もそうやって教育されてきたのだ。


「じゃあ、奥の手です。」


少女は言うと寝室に入っていき、何か荷物を持って戻ってきた。

大きな貝に取っ手を付けたような鞄だ。

少女はその中から何かを取り出して青年に見せつけた。


「真珠、です。」


そう、光り輝く白い球体。

まぎれもない真珠だ。

しかもかなりの大きさ。10円玉くらいのサイズだ。


「元の世界…というより人魚の海ではあまり希少価値がないのですが、こちらでは売り物になる、と聞きました。これを私の生活費に回してもらっていいですよ。」


真珠を売って生活するつもりのようだ。

青年には真珠の知識がなかったが、普通に綺麗な見た目でさらにまだまだある、と言われたので本当に生活できるのでは?と感じた。


「ふふーん、これで出された条件はクリアです!」


少女はどや顔している。

悔しいが、言っていることに筋が通っている。


「確かに、金銭的な問題は解決したけど…年頃の女の子と一緒に暮らすのはちょっと…」


青年は現在二十歳。

少女は人魚だという事をとりあえず無視すると、十七歳くらいの見た目だ。

周りの人から見たらかなり危険だと思われるだろう。


「青年さんってもしかして、女の子と付き合った事ないんですか?それでもしかしてドキドキ…


「してねぇよ!オレだって彼女の一人や二人…」


いるわけがない。

この青年の人生は『年齢=彼女いない歴』なのだから。

見栄をはって嘘をついてしまった。


「それに、それぞれの生活もあるんですし、シェアハウスの形でいきましょう。私は部屋さえ貸してくれればそれで満足です。」


何勝手に話を進めているんだよ…と彼は思った。

もう、一人で暮らせよと言いたいところだ。

けれど、彼女がそうしない理由が彼にはわかっていた。

異世界に来てから数日で部屋を借りようとする勇気がある人は中々いないだろう。

そもそも、借り方が分からない、というところだろうか。

なんだか青年は徐々に共同生活してもいいかな、と感じてきていた。

女の子だけど、魔法使いと暮らすのも楽しそうだし。

この世界の勝手を知るまでは、ここに置いておいてもいいか、と。


「はあ、しゃーねえな。議論するのも疲れたし。いいよ。もう。」


「え?いいって住んでもいいんですか?」


少女は歓喜の声を漏らした。

わかりやすく喜ばれたので、青年までなんだかよい気分になった。


「やったー!ありがとうございます!その…青年さん!」


少女の台詞は一瞬つまっていた。

そして、青年はある重要な事に気がついた。


「そういえば、まだ自己紹介してなかったな。俺は黒羽 翼。何て呼んでもいいよ。」


「私はロアっていうんです!ちなみに上の名前はありません。」


ロアの語尾にはまた音符マークがついていた。



どうもはじめまして、冷鳥 涙です♪

初めてじゃない方もいるかもです。

ひとまず、この短編小説を読んでいただき、ありがとうございます。

「魔法世界にようこそ!」という連載小説も書いているのですが、今回は息抜きに短編も書いてみました。

気が向いたらロアと翼の話の続きも書くかもです。

まだまだ至らない点も多い私ですが、温かく見守っていただけると幸いです。

あと、絶賛感想受付中です。

自分はこれからは短編小説や連載小説を日々、更新していきたいと思っています。

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