第一話 ゴットファーザーに魅せられて
30歳を目前にした頃だっただろうか。
初めていったバーで教えてもらった。
いつも行くようなカジュアルな店ではない、オーセンティックなお店だった。
バーテンダーは40代の渋い感じの人だった。
物静かだけど笑顔で話しかけてくれた。
今の会社に入って5年
順調といえば順調だった。
だけど、30歳を前に男として考える事は多かった。
この店に来たのはそんな頃。
店名前が「エイト」だった。
俺は大学まで野球部でセンターを守っていた。
センターの背番号は8番「エイト」だった。
何となく昔の野球していた頃が懐かしく思い扉を開けた。
バーテンダーは一軒の俺を笑顔で迎えてくれた。
その頃バーボンから少しシングルモルトを覚えたぐらいだった。
「グレンリベットをロックで下さい。」
バーテンダーの手つきはいままで行ってた店がなんだったんだと思うくらい、しなやかで素早く綺麗だった。
大ぶりのグラスにダイヤモンドみたいに綺麗に削られた氷
そこに琥珀色の液体が揺らめいていた。
何度も飲んだグレンリベットがまるで別物かと思うくらい美味く感じた。
「いつもスコッチウィスキーですか?」
「いえ、最近覚えたばかりです。」
店内に流れるBGMはスタンダードジャズだった。
バーって酒飲んで大声で馬鹿話しする所だと思っていた。
ここでは自然と話すトーンは落ち、言葉使いも変わった。
でも、それがが窮屈だとかしんどいとかは不思議に思わなかった。
「店の名前はどうしてエイトなんですか?」
俺の直感は正しかった。
バーテンダーいや、マスターは学生時代野球をやっていてポジションはセンターだったらしく、その背番号8からとった名前だった。
野球繋がりはその後の話しを弾ませた。
2杯飲んだあと、締めの1杯はマスターにお任せした。
ロックグラスが用意されたので、ウィスキーが出て来るのかと思っていた。
マスターはミキシンググラスを取り出し、バーボンとリキュールを手に取った。
その美しい手捌きに思わず見とれた。
ミキシンググラスから注ぎ出された液体はキラキラ輝いているみたいだった。
「ゴットファーザーです。」
カクテルと言えばジントニックくらいしか飲んだ事なかったので、少し戸惑った。
グラスを持ち、香りを嗅いだ。
バーボンの香りの中に甘いいい香りがした。
一口飲んだ。
「美味い!」
思わず口から言葉が出た。
バーボンの強さの中にフルーツの甘さとは違うナッツか何かの甘味が口いっぱいに広がる。
凄く大人のカクテルって感じがした。
「バーボンにアマレットのシンプルなカクテルですがいかがですか?」
「美味いです。で、アマレットって何ですか?」
「イタリアを代表する杏の核のリキュールです。」
カクテルがこんなに美味いとは思ってなかった。
甘さにも色々あるものだとしみじみ考えていた。
何だか大人になった気もした。
それからその店に度々足を運んだ。
毎回、最後の一杯は「ゴットファーザー」だった。
マスターからカクテルの事も色々聞いた。
1972年、映画「ゴットファーザー」が公開されて程なく出来たカクテルで、ウィスキーとイタリアを代表するリキュール「アマレット」で作られたシンプルなカクテル
行くたびにバー、そしてバーテンダーの魅力にみせられていた。
カウンター一枚向こうの人がまるで別次元の人に思うほどだった。
30歳を前に悩んでいた小僧にこのカクテルは勇気と希望をくれる気がした。
「このカクテルの意味わかる?」
マスターからの問い掛けに首を傾げた。
「ゴットファーザーだから強さとか、権力とかじゃないですか」
「もちろんそれもあるかもしれない、でも1番は家族愛だよ。」
「家族愛?」
マスターは映画を見るよに言った。
確かに見た記憶はあるけど、真剣に見た記憶はなかった。
次の休みに一気に見た。
マフィアの映画には違いなかったが、アメリカで生きるイタリア人達
確かにそこには、違う国で必死に生きるイタリア人達が仲間や家族を守り、守られ行きれ生きて行く。
喜びも悲しみも全て。
翌日、「エイト」で俺は驚くほど饒舌に喋っていた。
マスターは笑顔でそれを聞いてくれた。
映画「ゴットファーザー」にもカクテル「ゴットファーザー」にもどっぷりハマってしまった。
一人で行く事が多かったが、たまに気の合う友人や同僚と訪れた。
「へぇ〜、洒落た店に来てるんだなぁ。高いんだろ?」
高い?何をもって高いと言うか?
確かに家で缶ビールでも淋しく飲むんだったら、安く済むだらう。
でも、それでは味わえない物がここにある。
仕事で疲れた時、悩んだ時、ここにくれば明日も頑張ろうと言う気にさせる何かがある。
「お前もこういう行きつけのバー持つといいよ」
かなり大人になれた気がした。
通いだして一年くらいたった頃だった。
俺は初めて彼女を連れて行った。
女性を連れて来る事には俺なりの基準があった。
大人の女性である事!
彼女とは四ヶ月前から付き合いだした。
年は3つ下、かなりのキャリアウーマンだったがツンとした感じでは無かった。
いつもの様にマスターの笑顔と会話で俺達は和んだ。
「飲んで欲しいカクテルがあるんだけど」
「何?」
マスターにオーダーした。
もちろんあのカクテル。
「ゴットファーザーって言うカクテルなんだ」
彼女が飲んでどんな反応するか楽しみだった。
「おいし〜い、これ」
素直に嬉しかった。
彼女に色々説明した。何でこのカクテルなのかとか、このバーに来る理由だとか。
「以外な一面だね。でも連れて来てくれてありがとう。」
僕はこの時決めていた。
この店でゴットファーザーを飲んでおいしいと言ってくれたら結婚しようと!
それから数カ月後、俺達は結婚した。
豪華では無いが披露宴もした。
みんなに祝ってもらい嬉しかったが中でも、マスターがわざわざカクテルを作りに来てくれた。
俺には「ゴットファーザー」そして彼女にはベースをジンに変えた「ゴットマザー」だった。
何とも意味深なマスターのプレゼントに俺は感無量だった。
あれから何年かたった、俺にも子供が出来た。
今は家族がある。
たった一杯のカクテルとバーに出会い、俺は変わった。
大人になる事を学び、家族愛を知った。
今だに「エイト」には通っている。
あいも変わらず最後の一杯は「ゴットファーザー」
俺はゴットファーザーになれるだろいか?
いや、もうなっている。
だって家族愛を知っているから。