01 catting bread
〈1:catting.bread〉
満月の時に適していない作業として、ゲームなんかがもろにあたってしまう。リズムにあわせてボタンを押すものは、力が強すぎてコントローラーがお陀仏するし、ノベルゲームは感情を昂らせて獣人化を引き起こし、結果コントローラーがお陀仏……。
そもそも、ゲームなんてやっていられるような精神状態になかった。
ベランダへの引き戸を開けて、そのまま外へと飛び出し、ひたすらに外を駆け抜けたくなる!
──落ちて全身を砕こうが、死を恐れる必要がない!
ぼろぼろになるのは服くらいで、体はすぐに再生をするのだから!
盛大な音をたてて廃ビルの屋上から地上に落下、満月が俺を見下ろす。
──調子に乗るな。それなら、どうして同じ能力を有していた父さんは死んでしまったんだ?
人間としての俺の疑問は、昂らせていた気持ちを唐突に冷ましていく。
──人間の時は、何かを恐れるようにして滅多に外に出ないくせに。満月の夜だけやけに威勢がいいな、統堂瞬。
自分を攻めるような問いかけはつづき、月にむかって伸ばした毛むくじゃらな手が指先から人間に戻っていく。
*
時間は、夜から昼に。
カーテンなんて開けずに、時期によって冷房か暖房に切り替えて室温は快適(※乾燥注意)
昨晩、孤高の狼男を気取ったことを後悔しつつ、リアタイで見逃した録画済みのアニメを見ながらの朝食兼昼食。
「リアタイで見たかったな……つか、今回作画酷くね?」
BDで修正されるんですねわかります。
アニメ『がっかり★じぇみにしゃん!』は双子座の妖精じぇみたんが難事件を解決したり悪化させるアニメで、これが中々に面白い。学園ハーレム物ばかりで食傷気味だった俺の心を癒してくれる。
「じぇみたんはもちろん可愛いけど、アリエスは俺の嫁……って、今回はいなかったんだ」
十二星座をモチーフにしているこのアニメは、やっぱり登場人物が多い。
「ふひひ、かにばさみ伯爵のハサミナイス、タウラスねーさまの爆乳ぱねぇ」
独り言を画面にぶつけるだけの簡単なお仕事。ああ、伯爵なのに服を切り裂くシーンがあるのはこれは仕方の無いトラブルだからな。
「主役の裏人格なんて黒歴史だろ」
「それ、お前が言うなよ」
アニメに見入っていて気づかなかったが、会話に相槌を打つ者がいつのまにか現れ、隣を見ると秋がいた。
「この鍵を渡しにな。多分すぐ使うことになると思うぜ」
テーブルの上に置かれたのは、いわくありげな黒い鍵である。
もしやこれは!
「闇の力を秘め……」
「てねぇよ」
「我はと……」
「それも違うぜ、まぁ持ってろ」
長い沈黙、と思ったらまたいつのまにか秋はいなくなっていて、アニメの映像と音声だけが流れた。
「は?」
この鍵をどうしろと!?
*遠野学園:昼休み
屋上でぼんやりしていたら、いつのまにか星火に背後をとられ、後ろ手に手錠をされた。
「離せバカっ!」
「はっ、なんとでも言うがいいさ」
罵声の類いをもろともせず、むしろ鼻で笑って見せる星火に、
「……音さんに言いつけてやる」
「……」
星火はポケットからガムテープを取り出したと思ったら、口に貼り付けられた。
「こんなことなら、普通に猿ぐつわ持ってくればよかったな……あいつにはずせないような奴」
冗談とも本気ともつかない一言。あいつとは?
闇の空間を抜けると、マンションの部屋の前。
星火の様子を見ていると、コートのポケットからカードキーを取り出して玄関の鍵を開けた。
闇の能力を使ってしまえばカードキーを開ける動作を行う必要は……
「あ?なんだその目は。俺が鍵を開けたら悪いのか?」
──ひ、一言も発していないのになぜわかった!
「あー、まぁいいや……お前は今からここに住んでいる奴を……そうだな、学校に通える程度の精神状態にしてこい」
……は?
部屋の中にどんな奴がいるのか、なんて情報もなく、この状態で?
星火は扉を開けてから、俺の背後に来て強い力で背中を押した、
「!!」
前に倒れかかって咄嗟に手を……出せなかった俺はガムテープ越しではあるものの床とキスをするはめになった。
いつの間にか扉は閉められている。
……今更のように息が苦しい……転がって床から天井を見る状態になり、そのまま体を起こした。
もし、万が一外に出れたとして。そもそも知っている土地に連れてこられたのかすらも危うい。
ここ最近、ろくな目にあっていない。能力者が人間を襲うところは見て、一度誘拐されかけ、帰ってきたとはいえ、明はさらわれるわ、そして今回は二回目の誘拐?
そろそろ何か良いことがあってもいいはずなんだが──ため息をつこうとして、それが出来ない状況にあることを自覚、悔しくて玄関のドアを蹴った直後、背後からため息が聞こえ振り向くと、痩身な男がしゃがんでこちらを見ていた。
肩まで伸ばした銀色とは違う灰色の髪左の方の金色の瞳を、長く伸ばした前髪で隠している。
かけられる言葉はなく、ただ観察するように見ているだけ。
やがて、男は立ち上がると、また足音もなく去っていった。
誰だって、玄関にこんな奴がいたら見なかったことにしたくなるのは当たり前のことだから。間違った行動ではない……ないけれど……!
しかし、しばらくしたら戻ってきた。
変わったところといったら、片手に何かを握って、おろしていた髪をゆったくらいだろうか。
そして俺に近付いてきて、カチャカチャと手錠をいじり、手が自由になる。
「……マジで?」
手錠を回収した男は、驚いたように一言発すると、また奥に戻っていった。
このまま玄関に座っているわけにもいかないので立ち上がり、口のガムテープを取ってポケットにしまってドアを開けようとして、冷たい手で手首を掴まれた。
「……っ!?」
驚いたのは、強く握られたからと言うわけではない、また背後にさっきの男がいたから。
「こ、ここからは出られない」
すぐに手は離された。
「ち、違う。出ない方がいい」
覗き穴を覗いても、なんの変哲もない廊下で、男がそれを覗いた様子はない……どうして、出てはいけないのか、振り向くと男はさっと離れ、顔をそらした。
「どうして、わかるんだ?」
「……俺には、見えるから」
透視ができるのはわかった。でも、この男の能力はそれだけではない。
「じゃあ、どこから出ていったらいい」
男はため息をついた。
「それは、俺にもわからないんだ……でも、君からはあいつの匂いがする」
あいつと聞いて、すぐに直前まで接触していた星火のことだろうと思った。男は顔をしかめる。
「何をしに来たの?」
「わからない」
長いとも短いともつかない沈黙が流れる。
男は無表情に腕を組んで首を横に傾け、また観察するように俺を見る。
そして、
「ねぇ、君を殺してもいい?」
挨拶でもするくらい気軽に穏やかな口調で言った。
「は?」
*
「あれ?」
意識が戻って、身を起こして落下したアスファルトの地面を見ると、ひび割れている。
「夢……だった?」
首をかしげてため息をつくと、もう先ほどのあちこちを掛けたくなる衝動は、消え失せていた。
「アニメの時間、返せ」
夜の町を丘のようにかけるために時間を使うと爽快感こそあれど、すっかりアニメを見逃してしまうのだ。
しかし、今期は大概ハーレムばかりで可愛い女の子が見れることは嬉しいが……主人公が大概……いや、バカにするのはよそう。嫌なら見なければいいのだから……。でも見ちゃうんだよな、これが、
「帰ろ」
いかん、こんな格好でとぼとぼと歩いていると不審者扱いあるいは国家権力に職質されるかもしれない。
なので、上にむかって飛び移ることにした。




