ホシに接近
「ご飯出来ましたよ」
呼びかけにこたえて足音が近づくのが聞こえる。
「すみません、時間がなくて今日はカレーなんです」
姿を現した男に詫びるために少女が振り返る。
と、相手は椅子の背に手をかけたままテーブルを、いやテーブルにのせられた夕飯をじっと見ていた。
「カレー、嫌いでしたっけ?」
「…いや」
あまりにもずっと見ているので思わず確認したが否の返事が来る。
自分が座らないので相手も座らないのだと、ようやく気付いた男が椅子を引く。
「いただきます」
うん、味も普通のカレーだ。何せ市販のルーを溶かして入れただけ、不味くしようがない。少女が手を加えたことといえば二種類のルーを半分ずつ使ったことくらいか。まろやかさの中にスパイスが効いているお気に入りブレンドだ。
そして相手の反応はというと。
「……」
ウマいともマズイとも言わぬままスプーンは進み、皿の底が順調に見えてくる。
「あれ、今日は先に野菜じゃないんですね」
手をつけた瞬間転げ落ちる位置にあるミニトマトが頂点に鎮座している。つまりサラダの皿は盛りつけられた状態のまま。いつもはまず野菜を口に入れ、その後他のおかずに進む男にしては珍しい。
カレーのときは違うのだろうか。はて前回はどうだっただろうかと思い出そうとしてみても、その前回がいつだったのかすら記憶があいまいだ。
あっさり思い出すことを止めた少女は素直に疑問を口に出す。
「どうかしました?」
「うまい」
いやいやそうじゃなくて。
間髪入れず返ってきた、いつもは聞かない褒め言葉にあやしさは増す。これはあれだ、浮気した夫が平静を装おうとして明らかに通常以上のリップサービスをこぼす、それだ。
「……」
少女の目が半眼になる。
あやしいやつはまず観察しろ。新米刑事が先輩デカに一訓教わる刑事ドラマの一面を思い出す。
了解しましたセンパイ、さっそく実行してみます。
いち。こちらの視線に反応なし。通常営業。
いち。食べ方がキレイ。通常営業。
いち。ご飯はよく噛む。通常営業。
いち。眉間のしわが深い。通常営ぎょ…ん?
少女は首を傾げてまじまじと男の顔を見る。正確に言えば、その眉間の深さを。
「んん?」
さらに首を傾げて考える。いつもはもう少し浅い、ような…?
うん、浅い。浅いよいつもはもうほんの少し。
「あ」
センパイ、ホシの行動の謎は案外早く解けそうです。首を正して整理する。
男の目は何かを睨みつけるときに似ていて、その目線をたどってみればたどりつく先はサラダの皿。
の、おそらくてっぺん。
に、鎮座するミニトマト。
あ、この人トマト嫌いなの?
出た結論に納得しかければ。
「あれ?」
ちょっと待てよ。反対側に首を傾げてまた考える。
以前トマトサラダは平気で食べていたような。
まだまだだな、新米。脳内でセンパイがニヤリと笑う。
「……」
分からない。分かりませんセンパイッ。
よし、次は聞きこみだ。センパイが喋る。
了解しましたセンパイ。自分、聞きこみ開始しますっ。
「トマト、嫌いなんですかっ」
ちょっきゅううぅっ!!脳内でセンパイが頭を抱え空を仰いだが知るものか。
「違う」
げきちぃいいんっっ!!今度は地にめり込む勢いで身を下ろしたが知るもの、か…ってごめんなさああいっ、ごめんなさいすみませんセンパイ自分新米のくせに出しゃばってホシを怒らせましたああぁっっ。
絶対零度の視線がこちらに向いています、考え得る最低温度の視線がこちらにいぃっ。
「う、うぅぅ」
唸り声とも鳴き声とも絶対服従の声ともとれない音が少女の喉を鳴らす。
「…」
ため、溜息つかれました、ホシに、溜息を…。
だんだんと受けるダメージが大きくなる少女の落ち込む肩を見てか、男が口を開く。
「トマトは嫌いじゃない」
それはさっき聞きました。じゃあ何ですか、ダメなのは野菜の切り方とかですか。それとも新鮮さですか、確かにそのレタスは昨日のおつとめ品ですけどちゃんとぬるま湯に浸けて葉っぱをシャキッとさせましたよそれでもダメでしたかおつとめ品はダメですか財布に優しいんですよおつとめ品。
おつとめ品擁護派に立っていた少女はそこまで考えて、ふと気付く。
「は、って言いました?」
顔を上げて相手を見れば、彼は忌々しそうにミニトマトを見ていて。
「小さくすりゃカワイイってもんじゃない」
ぐさりとミニトマトを突き刺し、ためらいなくフォークを口に入れた。
眉間のしわが…いや、何も言うまい。
センパイ、どうやらホシが自白しました。今後ミニトマトを使用するのは控えようと思います。
でもなんだかちょっと反応がおもしろかったので、忘れた頃にまた出したい気もしています。
アドバイスを、ください。