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第十四話「天魔」

 力なき者を吹き飛ばす暴風のように、彼女の身体から魔力が溢れ出てくる。

 あまりに圧倒的な力の奔流だった。

 ……これが、天魔の力か……!

 葉子が何かをしたわけではない。

 ただ、そこに在るだけで弱者を殺せるような力だった。

 周囲を覆っていた霧が、次々と奔流に呑まれていく。

 夜の森が、一斉に悲鳴のような音を立てた。

「お待たせしました、不瞳さん」

 その暴風の中心で、もはや一個の災害と化した悪魔が彰を正面から見据えていた。

「貴方が私を受け入れてくれないのであれば、器として使わせていただきます」

 葉子は彰の鼻先まで顔を近づけ、左胸の辺りを何度も撫でてきた。

 どくんと、心臓が悲鳴を上げる。

 彰が引きつった表情を浮かべると、葉子は恐ろしいくらい無垢な笑みを浮かべ、

「その魂を、ください」

 彰の胸に、葉子の爪が食い込んでいく。

 そのときだった。

 不意に、追い風が吹いた。

 それによって、葉子が発していた魔力の流れが徐々に向きを変えていく。

 まるで葉子自身を狙うかのように。

 突然の事態に、葉子も手を止めて怪訝そうな表情を浮かべる。

「これは……」

「力の使い方がなってないわね」

 周囲に流れる霧の中から、一人の少女が現れた。

「倉凪永久……! もう来たのか!」

 葉子が忌々しそうにその名を叫ぶ。

 永久はそれに応じるように、左手を掲げてみせた。

 そこから灰色の霧が、洪水のような勢いで生じている。

 ただ、それは葉子の黒い霧と違い、秩序を持った流れを生み出していた。

 葉子が忌々しそうに永久の左手に意識を向ける。

 その一瞬の隙に永久は跳躍した。

 葉子を突き飛ばし、彰の襟首を掴んで敵から離れる。

「大丈夫、彰?」

「あ、ああ。おかげさまで」

 全身に感覚が戻ってきていた。永久の隣に立ちながら、突き飛ばされた葉子を見る。

「あれが、本物のベランジェールだ」

「ええ。おそらく器替えを行ったんでしょうね。あっちのは、もう壊れかけてた」

 永久が悔しげに顔をしかめる。

 器を替えたということはまた一人犠牲者が出たというこだ。

 あまり気分のいい事実ではない。

 と、葉子が跳ね上がるようにして身を起こした。

 憎悪の『線』を永久に向けながら、右腕を掲げる。

「倉凪永久。貴女なんかにその『左腕』は相応しくない……!」

 言葉と共に、葉子の右手から黒い霧が生じた。

 それは彼女の全身を覆いつくし、漆黒に染め上げていく。

 まさに、悪魔と呼ぶに相応しい姿となった。

「勝手に決めないでよ」

 永久は左手から生じる灰色の霧を、翠玉の太刀に収束させた。

 灰と黒の暴風がぶつかり合う。

 森の中で、嵐が生じた。

 そして、天魔の力を持つ者同士の戦いが始まった。


『天魔の欠片』は独立した魔力機関と言ってもいい。

 人にしろ悪魔にしろ、必ず生物は魔力を生成・貯蔵する機関を持っている。

 それらが最初から内蔵されているのに対し、『天魔の欠片』は外付け機関とでも言うべきものだった。

 それも、段違いに高性能な。

 魔力は活力でもある。

 なくなればまともに身体を動かすことすら出来なくなってしまう。

 逆に有り余っているときは、普段以上に活動することが可能となるのである。

 ゆえに、欠片の力を解放した永久と葉子の動きは桁違いの激しさだった。

 全身が動くための力でみなぎっている。

 身体はとても軽く、感覚は自らの内に留まらず、遥か先まで伸びている。

 そして、心は躍り狂いそうになっていた。

 永久は自身の内で高まっていく鼓動の波に乗っていた。

 溺れるのでもなく、静めるのでもない。

 相手も同じくらい大きな波を持っている。

 上手く乗り切らねば、勝つことは出来ない。

 二人は森の木々の間を駆け抜けながら、遠距離攻撃の応酬を繰り広げていた。

 魔力を砲弾のように叩きつけ合うのである。

 そのせいで、二人が通った後にはへし折れた木の残骸が多数残されていた。

 相手の攻撃に合わせてこちらも魔力を放つ。

 力は相殺され、衝撃の余波が周囲を震わせた。

 木によって相手の姿は見えないが、拡大された感覚は正確に相手の状態を教えてくれる。

 向こうも相当ハイになってるらしい。

 永久がいる方には、先ほどから怒涛の勢いで魔力が飛ばされてくる。

 永久はこれを迎撃するので精一杯だった。

 両者共に命中はなし。

 永久が得意とするのはあくまで近距離戦――翠玉の太刀を用いた戦いである。

 このままではいつまで経っても決着がつかない。

 相手に近づく必要がある。

 ……こっちから仕掛ける!

 永久は身体の内にあった魔力を一気に外に押し出した。

 大気が揺れ、周囲にあった多くの木が根元から吹き飛んでいく。

 天魔の力は凄まじいが、周囲にもたらす被害も甚大だった。

 そのため町中で使うには不向きだが、こういうところならば遠慮なくやれる。

 相手の気配が一瞬動きを止め、宙に跳んだ。

 吹き飛んできた木を避けたらしい。

 永久はそれを察すると、即座に自分も跳ねた。

 倒れ行く木と、そこから舞い上がる葉。

 そして、それらに紛れて葉子の姿があった。

 永久は弾丸のような勢いで葉子に迫る。

 向こうもこちらの接近に気づいたのか、迎撃の姿勢を見せた。

 葉子が永久目掛けて、巨大な魔力を叩きつけてきた。

 壁となった黒い霧が永久を押し潰さんと迫り来る。

 咄嗟に永久は左腕に力を凝縮させ、それに叩きつけた。

 大きな壁が砕け散り、その余波で地上が揺れる。

 宙で動きを止めた永久に対し、葉子は魔力による衝撃波を乱発した。

 一度に大量の攻撃を受けて、永久は地に落ちる。

 次いで葉子も着地し、迷うことなく永久の落ちた方へと向かってきた。

 永久は身を起こすと、両足に霧を凝縮、そして一気に爆発させた。

 葉子を上回る怒涛の勢いで、永久が崩壊する森の中を飛翔する。

 互いに相手の姿を確認し、葉子は黒き爪を、永久は翠玉の太刀を構える。

 二人の影が交差する。

 そのまま勢いを殺さず、永久は葉子から離れた。

 ……右腕が……!

 ここ数日の戦闘で受けた傷が、少なからず響いていた。

 特に右肩の痛みは深刻だった。思うように太刀を振るえないのである。

 それを見て取ったのか、葉子は嬉々とした様子で永久の元に迫る。

 ……させない!

 永久は葉子の現在位置を拡大された感覚で把握する。

 そして、その方向に向かって翠玉の太刀の切っ先を向けた。刀身に力を凝縮させる。

「うふふふ……無駄な、ことを……ッ!」

 葉子は永久の元へ大量の衝撃波を飛ばしてきた。

 燃料切れの可能性を全く考慮していない。

 制御も出来ていないらしく、あちこちに衝撃波が撒き散らされる。

 永久は動き出した。

 粉砕されていく木々の間に身を隠しながら、一歩ずつ葉子に迫る。

 葉子が驚愕の表情を浮かべる。

 すぐに両手に爪を生やし、永久目掛けて突き出してきた。

 その瞬間、

「……解ッ!」

 永久が叫ぶと同時に、太刀の刀身に凝縮されていた魔力が鋭い弾丸となって葉子を貫いた。

 さらにその軌道を追って、刃が葉子の腹部に突き刺さる。

「がっ……!?」

 二度も貫かれ、葉子は意外そうに永久を見下ろした。

 なぜ自分の力が突破されたのか、分かっていないらしい。

 永久は太刀をするりと引き抜く。

 葉子は呆然とした表情で、その場に崩れ落ちた。


 葉子は自分を見下ろす永久に、憎悪の篭もった視線を向けた。

「なんで……条件は同じなのに!」

 納得出来なかった。

『天魔の欠片』持っているのに、身体中に力がみなぎっているのに、なぜこんなに簡単に負けてしまうのか。

 ヒステリックに叫ぶ葉子を、永久は厳しい目つきで睨んだ。

「同じじゃないわ。力はあるだけでじゃ意味なんてない。使い方を知って、初めて生きてくるものなの。貴女はそれを知らず、あまりに大きな波に溺れてしまった」

 葉子は天魔の力を得たことでひどく興奮していた。

 普段の冷静さがどこかへと消し飛んでしまい、ひたすら魔力を永久にぶつけるだけのお粗末な戦い方しかしていなかった。

 その点、永久は『天魔の欠片』の扱いに慣れていた。

 無闇に魔力を消耗した葉子は既に息が上がっていた。

 身体をまともに動かすことも出来なくなっている。

 永久も若干疲労はしているようだが、活動に支障はなさそうだった。

 必要最低限の力で戦っていたから、葉子ほど消耗が激しくなかったのだろう。

「……これで、終わりよ」

 永久が静かに宣告し、葉子に太刀を向ける。

 葉子は心底悔しげに呻き声を上げた。

 頭を垂れ、全身をわなわなと震わせる。

「認めない……私は、認めない。あの御方と一つになれたのに。やっと会えたのに……!」

 呪詛のようにぶつぶつと繰り返す。

 そんな葉子を見て、永久はわずかに目を伏せた。

 葉子の生涯を閉ざす刃が、振りかざされる。

 そんなときだった。

 不意に、身体の内側から声が聞こえてきた。

 ――君は寂しい色をしているな。

 その声を聞いた途端、葉子は憑き物が落ちたように静かな心を取り戻した。

 先ほどまで彼女を支配していた波は、どこか遠くへ去ってしまったらしい。

 懐かしい声だった。

 彼女がずっと求めていた、ずっと聞きたいと願っていた声だった。

 ――よかったら、私と一緒に来ないか?

 その誘いを、彼女は笑って流した。

 そんなことを言ってくる男に、ろくな奴はいないと思いこんでいたのである。

 だが彼と過ごした時間は、短いながらも心地よかった。

 何一つ信じることが出来ず、ずっと一人きりで生きてきて、初めて心が安らいだ。

 ……私は、何を見失っていたのだろう。

 六年間、ずっと彼を求め続けた。

 その過程で忘れていた。

 彼女が本当に求めていたのは、彼の復活でもなければ、彼の力を得ることでもなかった。

 ただ、もう一度、あの日のように心安らぐ時間が欲しかったのだ。

 ゆっくりと顔を上げると、頭上には優しい光を放つ刃があった。

 それが、振り下ろされる。

 最後の一瞬、彼女はふわりと何かに包み込まれたような気がした。

 ――それじゃ、いつかまた会おう。

 それは温かくて優しい、あの日と同じ匂いがした。

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