晴嵐-1
この話は元々創作仲間の友人、SIさんの世界観を舞台にした小話です。
しかし、これ書いてたのが2006年とか、懐かしすぎる。
かなーり昔に書いてたものなので今出すと本当恥ずかしいですねw
21世紀が始まって既に長い月日が流れていた。
国家は一部の独立国家を除いて世界連邦に統一され、大きく六つの地域からの代表によって運営されていた。
食物は世界連邦によって管理され、フリーズドライの食べ物が多い。飢餓問題もなくなっていた。
21世紀始めの頃には夢物語だった月への移民もわずかではあるが進んでいる。
インターネットも全世界で普及率を95%に伸ばし、NSと呼ばれる特殊な石を用いて世界は発展を続けていた。
――アルファ、ポイントC到着。
――デルタ、3F制圧完了。
――イプシロン、アルファと合流。引き続き右翼を制圧するよ。
――ベータ、交戦開始! 畜生、リーゲルが戦闘不能。回収を!
「…………」
乾いた夜風が、立っている少年の顔を打ち付ける。
眼下に広がる色とりどりの光。人が夜に活動する上で必要な光が無数に煌いている。
ニューヨークの都市特有のきらびやかな摩天楼の夜景。それをここからだと一望できる。
少年は街中にある高層ビルの一つ、その屋上、人が立ち入る事を想定していないがために手すりなど何もないコンクリートの台の上にいた。
不機嫌そうな表情。尖った雰囲気。見る者全てが敵かのような厳しい眼光。世の中を斜に構えるようなスレた口元。
ファッション性のまるでない武骨で軍隊的な服。手には黒のグローブを着け、ゴツい物々しい靴を履いている。
そんな少年は目を閉じて、時折ふと目を開けるなどし、時には真剣な目で虚空を睨んでいた。
一方。
少年の見下ろす街の奥の更に奥深くの一角。そこでは滅多にない大規模な戦闘が展開されていた。
――こちらガンマ! 今、弾幕張られて動けねえ!
おまけに、くそ、こんなヤツらに当たるたぁな!
おそらく情報部どもの言っていた要注意人物2名がこっちにいる! 手強い!
――イプシロン、L区に到着。すぐにデータ収集に当たるよ。
頭の中で次々と乱れ、飛び交う情報の数々。
それがリアルタイムで流れ込んでくる。
『感覚共有』
それが少年の持つNSの一つ。
NSとは不思議な力を秘めた石の事だ。コネクターと呼ばれる接続装置に付ける事で世界に様々な力を発現させる事ができる。
NSには燃料型の物もあり、自動車の動力源や発電所、石油の代替などとしても用いられている。勿論軍事用にも使われている。
NSとコネクターは一般生活の中に普及されておりファッションが主体となっているのもある。
他に魔法、超能力、気功、法力などという超常現象を発現させるものがあるがここでは割愛する。
「デルタ、ベータ。共にGOサインを確認。てめーら、俺がカウントする。0で挟み撃ちにしろ。間違っても同士討ちはするなよ」
――手前! ナマ言ってんじゃねえぞ、コラァ!
――こちらはいつでも。
「よし。3……2……1」
複数人の五感を一人でバックロードし、この作戦の指揮官に同じく通達。
少年の感覚中枢、脳は絶えず送られてくる情報を並列に処理していく。
それはアルファ隊長の目を通じて現場を見て、ベータ隊長の耳を借りて音や声を聞き、ガンマ隊長の鼻から戦場の匂いを嗅ぎとり、デルタ隊長の肌から空気を知る。
それら全てを少年は人知れず、遠く離れたビルから体験していた。
『感覚共有』とは予め特定のチャンネルを決めて置いて、暗号化した情報の送受信を行う。
今、少年の目には七人の視界が映っており、同時に七人の拾う音・声全てを聞き分けていた。それが脳にかける負担は凄まじい事になっている。聖徳太子は十人から同時に話しかけられて見事全てに応えられたという伝説があるが……少年はそれ以上。
もはやそれは特異だ。
まあ、とは言ってもさすがにそれを常時長時間続ける事は不可能で、現在は飛び飛びに各自に状況を確認し、時折送られてくる現地からの報告を受ける程度だが。
「まて、イプシロン。イータの戦線がそっちに移動してやがる。もう少しで接触するぞ」
――ええ!? こっちはまだ7割しか回収してないんだよ!?
「今、左翼からベータもチャージ。詰めにかかった。もたもたしてっと銃弾の嵐だぞ」
――ああん。もーちょっと待って~!
「チ。おい、アルファ。ボムのセットは?」
――完了した。
「おい、イプシロン。後3分だ。それで終了させろ。でなきゃお前ら丸ごと吹き飛ぶぞ」
――ひええん!?
その泣きそうな声を最後に一度イプシロンとのチャンネルを待機状態に置く。
やがて、指揮官からのコネクトがきた。
――ラン、ガンマの状況は?
「あー、まだ交戦中だ。負傷者2、戦闘不能者は0。俺が見た限りじゃあ、かなり苦戦してるぞ」
――そうか。
「ちょっと待て。デルタから報告」
少年、望月晴嵐はその能力をもって現場と本部との情報中継、組織戦の司令塔の役割を果たしていた。
――ここが引き際か。ラン、全部隊を撤収させる。
「ああ」
晴嵐は頷き、一気に全てのチャンネルを開放。
――From ラン.
「シグマより各部隊に通達。撤収だ」
――アルファ、了解。
――ベータ、あいよ。
――ガンマ、OK.
――デルタ、承知致しました。
――イプシロンだよ。じゃ、脱出するね。
――イータ………うん。
「ふう」
晴嵐は一人、ビルの屋上で息をついた。
これまでを反芻する。まずまずの戦果だ。これで敵対勢力の勢いを大幅に殺せる事だろう。はんっ、他所からやって来た連中風情が。
「ったく、誰がこの街で好き勝手にさせるかってんだ」
晴嵐の仕事は終わった。既に部隊は全て非戦闘域まで撤収している。
後は晴嵐も落ち合うだけ。
そのはずだが……晴嵐は動かず、静かにゆっくりとナイフを手にした。
「そこの手前も覚えとけ。この街の裏にもな、たとえ無法でも無法なりの不文律ってーもんがある。それを破るヤツぁ、俺が許さねえ」
ドスのきいた声。
その先には男がいた。
「なるほど。お前か。ああまで見事な部隊運用を支えていたのは。どうやらガセネタじゃなかったようだな、隠れた『頭』がいやがるってーのは。ようやく見つけたぜ、くくく」
どこにも出入り口のない63階ビルの屋上。そこへカマキリのような目をした男がふわりと降り立った。
このビルは辺り一帯で最も高く、更にはビルとビルの間は開けており、飛び移れるような距離ではない。
男は、外の壁を昇ってきたのだ。
それがどうやっての事かまでかは分からないが。
晴嵐は黙って二刀のナイフを構える。
それを見て男はひどく酷薄な笑みを張り付かせる。
「どうした? お前のネオシードを出せよ」
「いらねえよ」
「なに?」
男は怪訝な表情をした。
晴嵐はそれを鼻で笑う。
「借り物の力なんざ必要ねえ。俺は、俺が自分で修めた力しか信用しねえんだよ。そんなただの道具に頼っている内は三流だぜ」
「キサマ!」
「こいよ。そんなモノがなくちゃ満足に戦えねえ軟弱野郎が。俺が、本当の『戦い方』ってのを教えてやる。最も、高い授業料になるけど――よおっ!」
晴嵐が駆ける。
「ほざくな、ガキ! 殺す!!」
男もまた、憤怒にまかせて駆けた。
星の照らさぬ夜。
誰も見ていないビルの屋上。
そこで大きく火花が散った。




