正しい騎士団のつくり方-0
――ナインヘルツ歴4800年
そこは広いパーティ会場だった。
ツァオ国でも国を挙げての催し物で使われる会場。そこは決して豪奢絢爛な内装ではないが、静かに落ち着いた高貴な雰囲気を持っていた。
そして現在そこには近隣諸国等からの外交官の姿があちこちにあった。
今日ここで各国を招待したのはツァオ国が新たに創設した騎士団を公にお披露目するためである。
その騎士団の正式名称は【ツァオ国王室近衛軍第一独立部隊】。
その位置づけは極めて特殊であり、国家に属さない部隊として設立されていた。
ではどこに属するのかといえば、王家そのものである。要は私兵という事だ。隊の費用は全て一人の王族のポケットマネーから出る事になり、国民の税金は一切使われていないという。
というか、そうなったのはこの騎士団に税金なんざ使ってると間違いなく暴動が起きるという創立者である汎の賢明な判断からだ。
まことに英断といえよう。実際に創立後の風評は以下の通り。
曰く。王家の道楽騎士団。
曰く。タダ飯ぐらい。
曰く。スチャラカ騎士団。
曰く。後にも先にもあんな最低最弱な騎士団はないだろう。
曰く。騎士のおにーちゃん、おねーちゃん、また遊ぼーねー。
とまあ、そんな騎士団の実態だが……存在はあって無きが如し。何しろ騎士団員は皆が皆、自給自足。普段は王宮で暮らしているが、各団員は騎士団とは別に職業をもって、それで生活費を稼いでいるという有様。ざっくばらんに言うと、単なる王宮の居候。
これが【ツァオ国王室近衛軍第一独立部隊】の実態である。
そんな騎士団の銘は通称【幻獣騎士団】。
当初、このお披露目自体は大して注目されるものではなかった。
東方の一小国の騎士団という事で、近隣諸国が寄越してきたのが適当に手の空いている外交官という事からもこのお披露目がどの程度のものか知れるというだろう。
――だがしかし。
その会場へと足を運んだその外交官らは次第に挙動不審になっていった。
不可解な空気と動揺が広がる中、主催のミン家の若君が現れた。
若君、汎は朗々とした声で挨拶を述べていく。その姿は若々しい力強さに溢れ、非凡なる才を感じさせた。
そしていよいよ騎士団のお披露目となり、汎は中央を退いて次なる登場人物――騎士団長を呼んだ。
――が、たっぷり銅鑼が3つ鳴り終わった後もその姿は影も形も見えず……
やがて、どこからか女性の泣き声が聞こえてきた。
「うわぁぁん! まずいよまずいよ遅刻しちゃう!」
「っていうか、もう遅刻してますよ!」
「だってだってレオンくん、私こんな服着るの初めてなんだよ! それに昨日遅くまでマナーの練習してたし」
「と、とにかく走りましょう!」
「あははは! 遅いで琴子ー。ほーら早く早くー。豚さんこちらー、手のなるほうへ♪」
「あうっ!? ミ、ミレストくんひどい……」
「……琴子、元気だす」
「おいコラ光雲、お前も歩いてないでさっさと来い」
「うっせえ美香! あー、なんで俺がこんな所にでなきゃなんねえんだ……」
「おい、こっちだこっち! ち、仕方ない。アタシが許す! 陽明、琴子をこっちに投げ飛ばせ!」
「いや、さすがにそれはできな――」
「……へ? って、冬真くんっ!?」
「いいからとっとと行け。遅れたお前が悪い。発射準備良し! 受け取れ。ミスティ、パス!」
「うひゃーーーー!? 服、服がぁぁ?!」
「はーい、琴子ゲーット」
どこか会場の外からバタバタした複数の足音と慌てふためく声が。
大多数の招待客はその無作法さに顔をしかめ、一部の招待客は肩を震わせて必死に笑いをこらえたり、口に手をあてて微笑ましそうにしていたり、「あっちゃー」といわんばかりに顔に手を当てていたりした。
そんな彼らの様子を知らず、当の騒々しい駆け足は今も大きくなり続け、いよいよ舞台袖から聞こえてくるようになった。
そして――
バタン、と扉が乱暴に開かれて飛び出す一人の影。それは20前後の女性だった。
「お、鳳琴子、ただいま到着しま――!?」
女性の足が何重にも着飾った東洋風の装束の裾を踏んづけた。
「へ?」
つんのめる女性。
空を虚しく掻く両手と片足。
走る勢いを殺せず、そのまま体全体が宙に浮かぶ。
瞬間的な心地よい無重力が女性を包む。
しかしそれは一瞬。
「うわっきゃーーーーーーーーっ!?」
女性は思いっきり顔面から床にダイブした。
「……」
痛い沈黙。会場中は珍獣を見るような目で、出てくるなりずっこけた女性を凝視して
いた。
――これが世に世界最低と知らしめた幻獣騎士団の第一歩だった。




