君が君じゃなくなる。
『うん♪美味しー美味しー♪』
君はチョコソースのかかったたこ焼きを美味しそうに頬張る。
二分も経たないうちに半分を食べていた。
僕はと言うと、出来るだけチョコソースを爪楊枝で取り除いて、鼻をつまんで口に含むので精一杯だ。
味覚を感じない今の僕の口の中では、とろとろに溶けた熱々の生地と、大きくぶつ切りにされた蛸の足が踊っている。
そうやって何とか二つ食べ終えた僕は、
「久し振りだね、二人で此処来るの。今まで何処行ってたの?」
と、最後の一個を口に含もうとしている君に問い掛けた。
すると君は一切の動作を止め、こっちを向いて
『……何で?』
と、先程の君とは打って変わって、とても暗い表情で聞き返す。
その手には最後のたこ焼きが持たれたままだった。
その余りにも暗い雰囲気を纏ってしまった君に恐怖を感じながら僕は言った。
「何で?って……。八年間も離れちゃったんだから、やっぱり引っ越し先の話とか聞いてみたいじゃない?」
君の雰囲気は変わらず、とても低い声で言った。
『別に良いじゃない。そんな事』
余りにも声が低くて、君の声ではないような気がした。
「で、でも、気になるし……」
恐怖に負けて、声が裏返る。
我ながら情けないとは思うけど、シャツを着た僕の背中は冷や汗と脂汗でびしょびしょだった。
『それってどう言う事?私の事を好きでいてくれるから聞きたいの?それとも………』
最早君の顔からは表情が消えて、口だけ動く蝋人形の様になっていた。
「そ、それとも…?」
ふと気が付いた。此処は今祭りの真っ只中の筈だ。
なのに何でこんなに静かで、君の声しか響かないんだろう?
君から目を逸らし、周りを見回してみる。
さっき迄と同じ様に、みんな元気に笑ったり、物を食べたりしていた。
まるで二人だけが世界から隔絶されてしまったような感覚。
言い様の無い恐怖に囚われ、今日この祭りにやってきた事を心の奥から後悔した。
『何処を見ているの?』
その言葉に、強制的に君の方を向かされた。
『貴男が聞いたんでしょ?それとも?って。そう、私の話を聞いて、馬鹿にして、笑うつもりだったの?』
君の声は誰よりも低く、君の顔は人形よりも無表情で、君の瞳は血よりも紅かった。
「な、何で君のことを笑わなきゃいけないんだ!」
まとわり付くような恐怖に負けまいと、腹の底から怒鳴った。
けれど途中で声が引っ繰り返って、殆ど絶叫になってしまった。
――アハ。アハハハハハハハハハハハハハハハハ。
蝋人形の様に無表情のまま、口だけを開いて笑う。
その抑揚の全く無い笑い声は、普通の人間には絶対に出せないものの様に思えた。
『何で笑わなきゃいけないんだ?笑わせないで。貴男は分かってるんでしょ?』
その声を聞いて、僕の意識は夢の中へ投げ出された。