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六話 映るもの

 後ろに撫でつけた蜂蜜色の髪に氷のような薄青色の鋭い瞳。秀でた額に高い鼻。理知的な薄い唇。


 ピンと伸びた背筋は自信に満ち溢れ、服の上からでもわかる、鍛え上げられた体躯は肉食獣のような力強さを表し、雄々しい。



 白せきの(かんばせ)につんと上向いた上品な鼻、厚い色っぽい唇。けぶる睫に縁取られた深海の蒼。


 華奢で悩ましい曲線を描いた体の上に落ちる、日の光を集めたようなプラチナブロンドの豊かな髪は、歩くだけで通りの人々を魅了した。


 芸術品のように端整な姿形をした、この二人の男女は夫婦だった。

 二人はこの世に生を受けてからずっと、言葉を尽くされ天上の美貌だと褒めそやされてきた。


 互い同士が、相手の美貌の虜だった。


 誰もが想った。この美しい二人の間に出来た子は、それはそれは美しい玉のような御子になるだろう、と。

 二人もそう想っていた。欠片も疑わずまるで当たり前のこととして考えていた。


 そして美しい二人の間に産まれた待望の赤子は、ーー左半面が醜く潰れた世にも恐ろしい顔をしていた。



***



「やめて! それを(・・・)こちらに持ってこないで!!」


 母となった美しい女は、己の腹から産まれたその男子を決して自らの子とは認めなかった。


 汚らわしいものでも見るように、艶麗な容貌をしわくちゃに歪めて、毎日、少しでも目に入らぬよう、近寄らないよう、細心の注意を払っていた。


「旦那様、奥様が御子息の事でまた……」


「放っておけ」


 父となった男は、まるで存在しないかのように子を扱い、産まれて直ぐ屋敷の離れに移した我が子の醜い顔を、見ることも会いに来ることも一度たりともしなかった。



 あまりにも美しい二人から産まれた、あまりにも醜い容姿の赤子に妻であり母となった女の不貞が疑われた。

 そして、女が無実を訴えるのも馬鹿らしくなった頃、出会った当初周りが鬱陶しくなるぐらいお互いの見た目に夢中だった二人の仲は、冷めきった。



 その話を二人の間に産まれた子は隔離されるように押し込められた、産まれてからの住まいである本邸の離れで、使用人たちがひそひそと面白おかしく陰で口に上らせていたのを、盗み聞いた。


 離れとは違う気品あふれる繊細な意匠が凝らされた、荘厳な本邸にすまう父と母の不仲を知った時、子どもは絶望し己の醜さを嘆いた。


 屋敷中を駆けずり回った。


「僕が、僕が醜いから」


 衝動のままに離れの中にある、姿を映す硝子を全て割り切った後、子は床に額を押し付け泣いた。


 ーー醜いから、自分はだれにも見向きしてもらえない。


 ーー醜いから、自分はこの離れから出られない。


 ーー醜いから、どんなに努力を重ねても、何も思い通りにならない。


 ーー醜いから、父と母が、あんなにも美しい二人が、あのように周りに噂され、お互いを憎み合ってしまった。


 ーー醜いから、僕は両親に愛してもらえない。



「うぅー! うっ、うあぁぁー!! うっ、うぅっ!」


 自らの左半面が無くなればいいとばかりに、床に擦りつけて歯をきつく噛みしめ、滂沱の涙を流した。



 それは、子ーーカースティンが産まれてから六年経った日の慟哭だった。



 叫び声をあげ己の存在に悲しみ、むせび泣く幼子の元に駆け寄り、優しく抱く者はいなかった。





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