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五話 生まれた国

 脳内にちらつく智子の笑顔に、カースティンはどうすればいいのかわからなかった。


 智子はあれから毎日花を贈ってくれた。カースティンは枯れてしまう前に押し花にしたり、乾燥させたりして全て保管している。


 そろそろ溢れそうなので、置き場所を考えねばならないかもしれない。


 真っ直ぐに曇りも濁りもなく見つめてくる、ぬばたまの瞳にカースティンはたじろくばかりだった。


 まだ完璧とは言えない聞き取りしか出来ない智子に、早口で言葉を紡いでしまう。


 それを耳を澄ませて一生懸命に聞き取る智子を見て、毎回喋り終わった後にしまった、と思う。


 智子の前に立つと、忙しく感情が入り混じり焦燥するのだ。照れ、疑惑、戸惑い、憧憬、感激、落胆、後悔、衝動、悲哀、どれも合っているようでどれとも言えない気持ち。


 わからないばかりの自分の気持ちを持て余し、智子と向き合えなくなっていく。

 智子はそんなカースティンに対して訝る様子も問い詰めることもせず、いつも何も言わず自然に接してくれた。


「まぁカースティンさん、こんにちは」


「シュラさん、今日は」


 シュラは近所に住む淑やかな奥様だ。よくカースティンの作った薬を買ってくれるお得意様だった。カースティンはシュラの旋毛つむじに挨拶をした。


「チコちゃんはお元気」


「チコですか? ええ、今日も屋敷の中をよく動き回ってましたよ」


「カースティンさんはいいお嬢さんを見つけたわね。チコちゃんすごく働き者だし、可愛いし。最近は言葉もよく話せるようになってきたし。籍は入れたの?」


 カースティンはそれに絶句した。


「カースティンさん? あ、もしかしてチコちゃんは異国の子だし何か問題でも?」


 カースティンはようやく自分が智子が喋れるようになるまで、と保留にしてきた智子の身元話などを聞き出さねばならないことを、思い出した。


 智子が極当たり前のように日々をカースティンのそばで過ごし、郷愁に耽る素振りすら見せなかったので、すっかり忘れていたのだ。


「カースティンさん?」


 つい顔を上げてしまったシュラは「ひぃ!!」と叫んで、逃げ出した。カースティンには慣れた反応だった。後日顔から目を背けつつ謝罪に来るのも、想像できる。だから今はそんな些事どうでも良かった。


「何てことだ……」


 カースティンは左手で左半面を覆って、己の失態を嘆いた。


「おかえりなさい、カースティン」


「ああ」


 玄関に現れたカースティンを智子がすぐに出迎えてくれる。


「チコ」


「はい」


「話がある」


「何ですか?」


 カースティンはこてん、と首を傾げた智子を抱き締めたいと思った。そんな風に横道に逸れる自分の思考を忌々しく感じた。いつから自分はこんな俗物になった。

「チコはどこの国から来たんだ? 何故裏の林に倒れてた?」


 智子はその問いに眉を八の字にした。


「ごめんなさい、カースティン。私解らないんです」


「故郷の名前もか?」


「こきょう……」


 智子にはどうやら故郷という語彙がなかったらしい。


「生まれた国だ」


 カースティンは智子が知っている単語の羅列に直した。


『日本』


「に……?」


「生まれた国はニホンです」


 どこだそれは。カースティンが知らない国の名前。


 だが、知らなければならない国の名前。知って、智子を帰してあげないと。でないと、でないと智子は、カースティンと結婚させられる。

 実際にはしなくても、既に近所ではカースティンと智子があらぬ勘ぐりを受けていることが、シュラとの会話で発覚した。

 それはなんて悲劇的な出来事だ。智子はこんなに可愛くて気立てもよくて、誰でも嫁にしたくなるぐらい、素晴らしい女性なのに。


 よりにもよって自分と噂されるなんて。


 ーーカースティンは自分を、人に言われる以上に“醜い”と思っていた。



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