四話 花
智子の視力は悪くなかった。むしろ物凄く良かった。
「頭でも打っておかしくなったか」
目立った外傷はなかったけれども。カースティンにとって根強過ぎる、自分の目を背けたくなる醜さへの認識が、そう結論づけた。
智子が正常で、今までもとんでもなく趣味の悪い相手と恋をしてきたと、カースティンは知らなかったのだから仕方ない。
カースティンは拾った手前、言葉のわからない智子を放り出す事も出来ず、せめて言葉が話せるぐらいになるまでは、智子の面倒を見ることにした。
頭がおかしい(はずの)智子に何かを求める気はさらさらなく、カースティンは始め智子を屋敷のなかで言葉の勉強以外自由にさせた。
だが、カースティンの無精さを見兼ねてか、智子は何くれとなく世話を焼いてくれた。
広くて掃除しきれない、どうせ一・二部屋しか使ってないんだからいいや、埃と蜘蛛の巣、カビがついても、と放っておいた屋敷の掃除から始まり。
火の使い方、食材などのことを覚えると、毎回焼いた肉に卵、簡単なサラダにパン、具なしスープだった食事が、バラエティー豊かになり食卓を彩った。午後のお茶まで付いた。
ため込んでいた洗濯物も、いつの間にか綺麗に洗われている。家着と外着はちゃんと分けて。
夜になると智子が二日に一回決まった時間に呼びに来て、前は下手したら一週間ご無沙汰した湯浴みをする。お湯の温度はいつも適温で、浴槽にはられた湯はいい匂いがした。
カースティンは感動した。智子のそつの無さに。そして要領のよさに。
カースティンは愕然とした。智子は頭なんかおかしくない、という事実に。なのに、毎回自分の顔を見て対面することに。
「カースティン、カースティン。これ、これ」
貨幣の価値を教えがてら与えたお金で智子は布と糸を買い、自分で服を縫った。ドレスよりも質素で平民服よりも実用的でない、“エプロンドレス”という形態の服、とカースティンは智子に教えてもらった。
エプロンドレスは智子によく似合っていた。レースがあしらわれた裾をひらひら揺らして、とことこと駆けてくる智子の姿に、カースティンは緩みそうになる頬を毎回必死で抑えた。
「どうした、智子」
「これは、草? 駄目?」
カースティンは智子の手の中にある茶色の丸い土を被った塊を見た。
「ああ、それは食えんぞ。毒はないが食っても不味い。駄目だ」
「『え〜、こんなに小芋に似てるのに……』駄目か……」
智子はよくこうやってカースティンの所に物を持ってくる。どう使うのか、これは食べれるのか、などを拙いながらに聞いてくるのだ。
「あっ!」
「どうした?」
「カースティン、これ。拾う、した」
ずずい、と差し出された物をカースティンは反射で受け取った。それは、今の時期何処にでも咲いている野花だった。
「あげる!」
カースティンは、生まれて始めて、生涯でもらう日がくることすら考えられなかった花の贈り物を、震えた手で自分の顔みたいに潰れてしまわないように、握り締めた。