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三話 笑った顔

 ちらっ、ちらっ。


 カースティンは人からよくそう見られる。伺うように、決して視線が合わないように。


 だが、それはこんな年頃の娘が異性に向ける明らかに好意的な恥じらいを含んだ物では、断じてなかった。


 ごほんとわざと大きく咳払いする。


「気分はどうだ? どこか痛いところやおかなしな所は? 頭、頭はどうだ? 視力とかやられたんじゃないか?」


 娘は逡巡の後、小さな白い手を自分の胸に当てた。


『胸が……』


「ん?」


 潰れた半面が眉をしかめたことで更にぐにゃりと歪む。


『胸が苦しいです』


「まさか、言葉が通じないのか?」


 カースティンは口元に手を当てた。


「厄介だな……、視力も危なそうだし」


 年若い女性が自分と目を合わせられるはずがない、と思っているカースティンは娘の視力が異常をきたしていることを疑わなかった。


 娘は顔を紅潮させて胸を押さえ、遠慮がちにカースティンを見つめている。


 何かをこいねがうような、待ちわびるような切なげな表情で。


「胸がどうかしたのか?」


 色恋の経験がこの顔のせいで皆無なカースティンには、全く通じていなかったが。


 娘の胸を確かめようと、頓着無く手を伸ばしたカースティンに、娘はますます肌の赤味を強くした。

 触診しようとするカースティンに、娘は覚悟を決めたようにぐっと目を瞑る。


「おい、寝るな! 診察出来んだろうが!」


 がくがく肩を揺さぶられて娘は片目をうっすら開けた。


『え? 何、違うの?』


「胸が痛いのか?」


 ベッドに上半身を起こした後、何故かガックリと項垂れた娘にカースティンはトントンと自分の胸を叩いてみせた。


「む、むげ?」


「む・ね」


「むーねー」


 うんうんと満足そうに頷いたカースティンに、娘は自分の胸をトントンと叩いた。


「ちこ『マイネームイズじゃないよね……多分。英語じゃなさそうだし……』」

 ん? とカースティンが首を傾げると、娘もん? と首を傾げた。


「ち・こ! ちーこー! ちぃこぉ!」


 人差し指で自分を差しながら、しきりに連発される言葉。

「もしかして名前か?」


 カースティンは試しに娘を指差して「ちこ」と言ってみる。娘は喜色を顔中に広げこくこくと首を縦に動かした。


「俺はカースティン。カー・ス・ティン」

 やはりそうだったらしい、とわかりカースティンも自分を差しながら聞き取りやすいように、ゆっくりと名前を名乗った。


「むね『じゃなかったんだ』」


「むねじゃない。カースティンだ」


「カー……、カシチン」


「違う。カースティン」


「カーシェフェン」

「カースティン」


「カ、カー、スティン?」


 最後が疑問系で終わったのが気になるが何とか発音して貰え、カースティンはにこりと笑った。


 膨れた瞼が瞳を覆った目元が弧を描き、引きつれた皮膚が更に上に持ち上がる。裂けた口端から歯茎がぐわっと覗いた。爛れた頬肉と額は肉が持ち上げられ、細かく皺が寄る。


 カースティンの左半面は、幽霊も真っ青な様相を呈した。笑っただけで。


 娘の寝ていたベッド脇に置いたガラスの水差しに映った顔を見て、カースティンは己の油断に戦慄した。


 直ちに顔を元に戻し、変わりに苦く走った感情は面に出さぬよう気をつける。 いくら視力が悪くなってるかもしれなくとも、完全に見えなくなっているようでは無さそうだった。

 軽い恐怖体験をさせてしまったかもしれない。カースティンは娘の顔を見るのが怖かった。


 自分は怖い物を見せておきながら、狡いとは思うが、自分の、しかも笑顔で化け物を見る顔をされるのは、何度されても慣れない。


「カースティン」


 花が咲いたことを発見した時上げるような、嬉しげな響きを伴って、娘がカースティンを呼んだ。


 思わず顔を上げたカースティンが見たのは、己をしっかり見つめる美しい娘の笑顔だった。



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