二話 カースティン
“醜い”。
それは生まれつき、左半面が潰れていたカースティンの代名詞とも言える言葉だった。
カースティン自身も、己の顔は見るに耐えない、直視すること不可能な魔物の如くむくつけき容貌だと思っていた。
自虐ではなく鏡に映る真実として。
だが今、その価値観が危ぶまれる状況に置かれ、カースティンは始めて自分の方から顔を逸らすという所業をやってのけた。
すぐにはっとして、自分を何か眩しい物のように熱心に見つめてくる智子の方に、気力を振り絞って戻したが。
「何だ?」
「いえ、ただ……」
「ただ、何だ?」
ぽっと頬を赤らめた智子を、いよいよカースティンはおぞましい物を見る目つきで見たくなった。
自分が散々向けられたその不躾で冷酷で残酷な視線を、他人に向けたい心境になるなど、カースティンは今の今まで考えもしなかった。
なので動揺も露わに早口で智子にまくし立てる。
「用がないならさっさと仕事をしろ! 言いつけてあった書斎の片付けは? 頼んだカリカリ草は採ってきたのか? 午後には客が来る。もてなしの準備もしてもらわなければ」
カッと目を見開いて真剣にカースティンの言葉を拾う智子を見て、しまった、と思った。また、やってしまった、と。 だが智子はカースティンを責めることも内容を催促して聞くこともせず、教えたばかりの礼を優雅な様で行うと、素早く用事に取りかかりに行った。
そしてカースティンは、またまた、智子に謝罪をし損ねるのだった。
「くそっ!」
角に智子のエプロンドレスのヒラヒラした裾が消えると、カースティンの小さな悪態の声が廊下に響いた。
智子は全ての言い付けをそつなくこなし、今日も休憩時にはカースティンの好きな銘柄のお茶を菓子付きで用意してくれた。
「美味い……」
それにほっこりと笑った智子の愛らしい顔を見て、カースティンは全く出来た子だな、と改めて思った。
二ヶ月前、屋敷の裏に広がる雑木林で行き倒れていた智子を拾った。
泥と草まみれになった、見たことがない意匠が凝らされた、不思議な素材で織られた服を着た異国の娘。
木の幹にぐったりともたれ掛かり高熱に唸っていた所を、カースティンが保護したのだ。
智子は始めからカースティンにとって規格外な女性だった。
先ず気を失っていた娘が、目覚めと共に自分の顔に泣き叫び怯えるだろうと経験から考えたカースティンは、目鼻の部分に小さな穴を開けた紙袋を被り、娘の看病をした。
強盗さながらの格好だったが、手頃な面も用意できなかったし、何よりこちらの方が醜悪な素顔よりもましだとカースティンは思った。僅差ぐらいで。
目を開けた娘は紙袋を被り息苦しさそうに呼吸する男に、ピタリと動きを止めた。
そのままもう一度眠ろうとした娘にカースティンは慌て、動いた拍子にズレた紙袋が視界を塞ぎ、穴をベストな位置に戻そうとしたら急いでいた為力が入り、ばりぃっと音を出して見事に破けてしまった。
カースティンは、羞恥で泣けそうだった。
無残に引き裂かれた紙袋の下から現れた、世にも醜い左半面が潰れた男を見て、娘は驚きに目を見張った。
そしてーー林檎のように可憐に頬を染めた。