第7話 ルイン
「つ、疲れたぁ~……」
今回は王城の正門から出てきたクラレスとルイン、カールの三人。
ルインは気持ちよさそうに伸びをする。
ちょうど日が沈みかけており。オレンジ色の日の光が三人を出迎えていた。
「で、結局この嬢ちゃんをなんでお前が預かってるんだ? 貴族の子なんだろ?」
未だ「迷子の子供を拾っただけだ」としか説明されていないカールは、歩きながらクラレスに質問する。
「こいつ、家出してきたらしいんだよ。もっと自分を出したいのに親が出させてくれないだとか」
「あるあるだな」
「うー……クラレスさんと同じこと言わないでください……」
「けど、それを自覚して、口にして、行動するってのは、十分に自分を出しているんじゃないか?」
カールの言葉に、ルインは雷に打たれたような衝撃を受ける。
「カール……自分で気づかないと意味ないだろ」
「お前は語らなければいいってもんじゃないことをいい加減理解しろ。お前がそんなんだからオレがどれだけ苦労し――」
「で、でも! パパもママも認めてくれないから! 今自分を出したって仕方ないんです……っ!」
「じゃあ次は、そのパパとママの前で自分を出してみることだ」
「え……?」
困惑するルインの横で、クラレスはカールに指示を出す。
それに頷き、王城の前にある橋を渡ると、二人の人物を引き連れて引き返してくる。
「お、お父さん……お母さん……!?」
「ルイン……っ」
「おっと、ご両親の二人はそこで止まってもらおうか。それ以上先は俺の結界があるぞ」
一日ぶりの再会となったルインの両親が駆け寄るのをクラレスは制止する。
クラレスの噂は当然聞いている二人は立ち止まり、キッとクラレスを睨みつける。
早く娘を抱きしめたいからこそ、感情を抑えることができない。
親とはそういうものだ。
「俺視点、親が自由にさせてくれないって意見しか聞いてないんだ。俺は、片方の意見だけで物事を判断するような馬鹿じゃない。けど、まずはルインの話を聞いてやってくれないか? ああそれと、これは俺が一切関与していない、ルインの本音だ」
クラレスは自分勝手にそれだけ言い残し、一歩後ろに下がる。
こんなことをするとは微塵も聞いていなかったルインは、戸惑いながらクラレスやカールに助けを求めようと視線を向ける。
しかし、やることはやりきったという顔を浮かべる二人は当然助けることはない。
(だけど……今日は全部そんな感じだったけど……、私が気づいていないだけで全て助けてくれていた。そんな二人だからこそ、あとは私次第なのかもしれない)
今日の出来事を改めて振り返る。
クラレスは常に、ルインに判断を与え続けていた。
森から出る時でさえも、あくまで着いてこいとは言わず、選択肢を与えてくれた。
牢屋に入った時だってそうだった。「言いたいこと言ってみろ」と告げられただけで、ルイン自身が気づくようにと機会を与えてくれた。
(――……でも)
ルインにできないこと……スリから荷物を取り戻したり、牢屋から脱獄したり、そういうことは全部クラレスがやってのけた。
魔道具店で言っていた、「困っている子供を助けるのが大人の役割だ」と言わんばかりに。
(…………あ、れ?)
ルインは今までの生活を当てはめてみると――不思議であった。
何かほしい。何かしたい。それがすべて叶えられないことばかりに焦点が合っていたが、それを言える環境ということこそ、一番の自由なのではないか。
そして、自分だけじゃできないことは、何も言わず知らないところでずっとやっていてくれたのではないか。
『ルインは子供だろ』
(……えぇ、私は自分が思っていたよりも、ずっとずっと子供だったようです)
クラレスは最初から私に気づきを与え続けてくれていたんだ。
そのことに気がついたルインは、目の前で待つ両親に口を開く。
――……言葉が出ない。
こんなちっぽけなことでずっと悩んでいて、両親を困らせて、赤の他人にまで迷惑をかけていた。
そんな自分が惨めで、もう何も言葉が思いつかなかった。
怖い。
あぁそうだ……私、怖いんだ。
自分のせいでこんなにたくさんの人にって考えたら、震えが止まらないんだ。
……あーあ、こんなんだから、自分を出せないって悩んじゃう。
誰の顔も見れなくなったルインは俯き、その瞳を潤わせる。
悲しみではなく、自責の念がこもった嫌な涙で――。
「……よく頑張ったな。その答えに辿り着けたなら、もう一度顔を上げてみるんだ」
ぽんっ、と突然ルインの頭に温かい手が触れる。
クラレスだった。
何も考えられないルインは、その言葉に従い顔をあげる。
「世界は、お前が思っているよりもずっと広くて、澄んでいて――とても綺麗だ」
「あ……」
きらめく夕日、その下でルインを見つめる二人。
柔和で優しさに満ちていて、これまでもこれからもルインを包みこんでくれる笑顔がそこにはあった。
「あ、あ、あぁ……っ!」
一歩、また一歩と歩き出し、泣きじゃくったその顔で駆け出して、両腕を広げる両親に抱きついた。
最初から存在していなかったクラレスの結界のことなど忘れて、ルインは「ごめんなさい! ごめんなさい……っ!!」と泣き続ける。
いつの間にかクラレスの横に歩み寄っていたカール。
良い家族の姿を遠くから眺めながら、
「やっぱ、人間って綺麗だよな」
人間に追放されているクラレスは、そう呟いた。
「相変わらずだよな、お前も。あの嬢ちゃんが家出したの、今日の朝聞いたんだろ? 一日でこれだけ準備して……って、まぁ嬢ちゃんは振り回されただけとしか感じてねえんだろうけどな」
「さて、なんのことだろうか」
「とぼけんな。サフェルと集まるの、明日の予定だったのに一日ずらすの苦労したんだぞ。まぁサフェルも『また人助けやってんだろ』って言ってすぐ手伝ってくれたから良かったけどよ」
「詮索はなしだ」
「へいへい」
◇ ◆ ◇
「あの、クラレス殿はどこへ行かれたのでしょうか?」
娘と再会しすっかり仲直りしたところで、テレーゼ男爵家の当主がカールに尋ねる。
感謝を伝えようとしたのだが、クラレスの姿だけ消えていたのだ。
「あいつならもう帰りましたよ。もうアイツに俺はいらない、とかなんとかカッコつけながら」
「そう、でございましたか……ではまたいつか感謝を伝えさせてくれ、と言っていたとお伝え下さい。娘が一日でこんなにも立派になったのは、紛れもない彼のおかげですので」
「分かりました。そう伝えておきます」
テレーゼ男爵家当主はカールに頭を下げて、三人で帰路につく。
しかし、その途中でくるりと振り返ったルインはカールのもとまで駆け寄って、
「あっ、あのっ! クラレスさんにまた会いに行ってもよろしいのでしょうか!」
カールを見上げるように頼み込んでくる。
一日でこんなにも自分を出せるようになったのか、とカールは少々面を食らう。
「さあな。それはアイツの気まぐれ次第だろうな」
「そう、ですか……」
「けど、」
カールはアスティール大森林のある方角を見据えながら、
「あの森に行ったら、きっと会ってくれるさ。アイツは確かに不器用だけど、確かに人間を嫌っているように見えるけど、サフェル王よりも情に厚い男なんだから」
ルインは、クラレスとカールの過去を知らない。
だけれども、きっと今日の自分よりもずっと綺麗なものなんだろうと感じた。
「クラレスさんは……一体何者なんですか?」
「アイツなら『詮索するな』って言うだろうし、オレからはなんとも」
「ですよね……」
「ただ、一つだけ教えてやるとしたら……」
こんなこと言ったらアイツは怒るだろうな。
そう思いながらルインに告げた。
「あいつは、人の扱いも上手けりゃどんな魔法でも使える。ただ一点、初級魔法だけ使えなかった大魔法使いなんだよ」
カールはルインのもとから立ち去る。
ルインにとって宝石のように美しい一日が終わったのだった。
ルイン編、とでも名付けられる物語はこれにて一段落です。
次回よりサフェル王の依頼を受けたクラレスの戦いが始まります。
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