第6話 サフェル
「はぁ、はぁ……な、なんで途中から走ったんですか……」
「思ったよりも遠かったから時間短縮」
「私もいるんですよ……っ」
「勝手についてきただけだろ」
「そうですけど……そうですけどっ」
王城の上層階から王の魔力を感じ取ったクラレスは、このまま歩いていては日が暮れると思い、ランニング程度でゆっくりと走った。
そうして十分ちょっと、謁見の間に辿り着いた。
「ここに来るの、何年振りなんでしょう……まさか二回目が脱獄者として来ることになるとは……」
「来たことあるのか」
「はい。家族みんなで、一度だけ。サフェル王と私たち貴族含めた王国民が会うことができるのは、この謁見の間だけですからね」
演説とかは除きますけど、と付け加えるルイン。
それを聞いたクラレスは、初めから感じていた予想が当たっていたようで「なるほど」と呟く。
「なるほど、と言いますと?」
「なに、中に入れば分かることだ」
クラレスは多くを語らず、謁見の間に続く扉を開いた。
「な、何者だっ!?」
「あれ、認識阻害魔法の効果が……」
「俺が解いた」
「クラレスさん!?」
ルインが驚いている間にも二人は衛兵たちに囲まれてしまう。
そんな状況でも一切動じないクラレスに、ルインは怒るどころか絶望していると、
「――衛兵たちよ。そやつらから離れろ」
クラレスが感知した通りここにいたサフェル王が声を上げた。
「し、しかし王よ! こいつはあのクラレスでありますぞ!」
「これは命令だ。離れろ」
「っ……、しょ、承知いたしました……」
衛兵たちは二人に剣を向けたままゆっくりと後ずさる。
そして、その奥から王が歩いてきた。
人間の国で最も若く、その年齢はわずか三十五歳。
急逝した旧王に代わり王となって五年が経とうとしているが、圧倒的な政治力で人気が高い。
「久しいな。クラレスよ」
「よお。元気にしてたか? サフェル」
――クラレスはこれで、サフェル王と三度目の対面となる。
「えっ、えっ……?」
思いもしていなかった会話にルインは困惑する。
それは衛兵も同じで、まさか繋がりがあろうとは思ってもみなかったらしい。
しかし、そんなことは気にしないクラレスは、さらに驚愕すべきことを言い始める。
「いるんだろう? カール」
サフェル王がもといた方を見据えながらクラレスは叫んだ。
すると、柱に身を隠していたカールが拍手をしながら出てくる。魔道具店で会った時と同じ服装で、さすがと言わんばかりの笑顔を浮かべていた。
「よかった。ちゃんとオレのハンドサイン伝わってたんだな」
「『右手の親指と人差し指と中指を立てて手を降る』――意味は『作戦』。忘れるわけがないだろ。まぁそもそも、お前の店の前に設置型魔法がある時点でお察しだけどな」
「オレがあんたを見捨てるわけがないだろう? クラレスはオレの命の恩人なんだから」
クラレスがずっと冷静だったのは、魔道具店の時から本当に捕まったわけじゃないことに気がついていたからであった。
そして、ルインは思い当たることがたくさんあったと気づく。
牢屋に入れられた時、脱獄の話をする前にルインに気づきを与えてくれたこと。
クラレスに圧倒的有利な鉄格子。
そして、謁見の時にしか使われない部屋に王がいたこと。
(こ、この人は一体、どこから仕組んでいたのですか……?)
ルインはクラレスの顔を見る。
いつもと変わらない冷静な表情。しかしタネがわかった今見てみると、どこまでも見透かしているようにも思えて仕方なかった。
「しかし、クラレスよ。お前は――」
「っと、サフェル待ってくれ。ここじゃ話しにくいこともあるだろう? てことで衛兵の皆さん、しばらくばいばい」
クラレスは右腕を上に掲げると、パチンと指を鳴らす。
次の瞬間には、クラレスとルイン、カールとサフェル王は終わりの見えない草原にいた。
「え……こ、ここは!?」
「俺が作った亜空間。空間魔法と時空魔法があれば誰でもできるぞ」
「馬鹿言うな。どっちも人間で使えるやつはいないどころか、魔族でも使えるか怪しい魔法なんだぞ」
クラレスはもう一度指を鳴らし、今度はテーブルと椅子、そして珈琲の入ったマグカップも人数分用意されていた。
カールとサフェルはそれに驚くこともなく椅子に座る。
「どうした? ルインも座れ。ここまで来たなら、お前も話を聞く価値がある」
もう何がなんだか分からないルインは、とりあえずクラレスの指示に従うことにした。
「オレはお前をここに連れてこいと王に言われただけだから、これ以上は何も知らんからな」
「助かったぞカール。こいつは常に認識阻害魔法を使いやがるから場所が分からなかったんだ」
「サフェルが入国禁止令出してるからだろうが……」
「体裁上必要なことなんだ。わたしだってしたくないよ、クラレスのような逸材にこんなこと」
「分かってるよ。んで、俺になんの用だ?」
「お前の力を貸してほしい。このままでは国が滅びる」
サフェル王は単刀直入に話を切り出した。
そして、貴族ですらそんなことを聞いていないルインは驚きのあまり立ち上がる。
「お、王様! ど、どういうことですか!?」
「魔族の大群がこちらに侵攻してきているというだけの話だ、ルイン」
「わ、私の名前……」
「サフェルは一度会った者の名前は忘れないんだよ。このクラレスとは違ってな」
「……俺を下げる必要無かっただろ」
サフェル王は、アスティール国王としてできることならば、たとえ自分を犠牲にしてでも成し遂げる男なのだ。
それが彼の初志であり、そしてクラレスから学んだことでもあった。
「クラレス、お願いできないだろうか? 頑張っていくと決めたのに、結局お前に頼むことしかできない惨めな私を許してほしい」
サフェル王はクラレスに頭を下げる。
仲が良さそうとはいえ、ルインには国王が自分よりも若い人間に頭を下げる光景を飲み込めなかった。
クラレスは一体何者なのか? ルインの興味はどんどん強くなるばかりであった。
「――俺に、大魔法使いに何かを頼むというのがどういうことか、分かっているんだろうな?」
「もちろんだ。この国にできることならなんだってする所存だ」
クラレスが試すように聞くと、サフェルは迷いなく頷く。
すべての覚悟を既に決めているようであった。
「……ふ、立派になったものだ。分かった、引き受けよう」
クラレスは珈琲をすべて飲み、指を鳴らす。
視界がばっと切り替わり、謁見の間に帰ってくる。
「カール、ルイン。行くぞ」
詳しいことは王に聞くこともなく、クラレスは謁見の間から出ていく。
「嬢ちゃんもすまなかったな。アイツは入国禁止令出てるから、ああいうやり方じゃないと王城に入れねえんだよ。王城の出入り口には、魔法無効化の結界が張られてるからな」
「い、いえ」
「驚いたか? クラレスの実力」
「は、はい……まだ何がなんだか分かんないんですけど」
「はは! 無理もねえ、オレだって詳しく知らないんだからな」
「そうなんですか?」
「おう。アイツには昔に助けられて、そんで俺に魔道具師の才能があるって言ってくれた、人生の恩人なだけだ」
――八年前、アスティール王国の路地裏にて――
「どうぞ」
人気のない路地裏で力なく壁に寄りかかる少年に、小綺麗な服を来ている青年がパンを差し出した。
「あなたは……」
「サフェルという名前がつけられた、ただの通りすがりの人ですよ。それより、お腹空いているんでしょう? お食べください」
貴族ということは一目で分かったが、それよりも少年は何かを食べたかった。
感謝を述べるよりも先に、差し伸べられたパンを盗むように取ってかぶりつく。
「お、オレはカール……、なぜ貴族がここに……」
「あ、分かっちゃいましたか? まぁいっか……わたしは王国の現状を知るために実際に王国を練り歩いているんです。父上が頑張っている中、自分だけ何もしないのは許せなかったので」
「そういうこと……」
「君はどうしてここに?」
「オレは……家が無いから」
「お父さんお母さんはどこにいるのですか?」
「……天の国に。記憶がある時には、もういなかったから……」
「それは……お気の毒に……」
「そうなの……? オレには親がいないのが、普通だから……別に」
何か言ったほうがいいことは分かっている。
でも、誰にも頼れなくて、誰からも愛されなくて、両親がいない生活なんて。
経験したことがないことなんて、何も想像できなかった。
だから――
放っておくしかない、と思った。
「残りのパンもあげましょう。君がいつか楽しいと笑える日が来ると信じています」
「――それを、言葉だけじゃなくて行動で示したらどうだ?」
サフェルがその場を立ち去ろうとしたその時、背後から男の声がして振り返る。
そこには、先程までは確実にいなかった一人の男が立っていた。
「……誰ですか?」
「クラレスだ。王族の長男であるお前なら聞いたことくらいあるだろう?」
「なぜわたしの身分を……というか、クラレス? 数年前に入国禁止令を出された魔法使いですか?」
「さすが、半端者の名前だけはしっかり覚えてるんだな」
「……なぜこの国にいるのですか」
「お前はそれを気にしている暇があるのか? 自分の実績作りに必死だというのに」
「そ――そんなことはない!!」
「見栄を張るな。俺は事実しか語らない」
「お前に何が分かる!! 追放者に、わたしの――」
「ならお前は俺が何をしたのか知っているのか?」
「それは……」
サフェルはなんとか思い出そうと記憶を漁る。
しかし、なかなか思い出せない。
「それだ」
「は……?」
「お前は目先の実績に夢中で、それに気が狂わされている。もっと広く見ろ。この国が成り立つにはお前の親父だけじゃない、たくさんの人が関わっているんだ。まずはそういうところから学んで、勉強して、知識として自分の武器にしろ。そうしていつかまた、こうやって路地裏を巡ってみるんだ。世界が変わって見えるぞ」
サフェルはクラレスの言葉に圧倒される。
実際にそうしてきた人の言葉というのが、彼の節々から感じられたからだ。
サフェルは確かに結果だけを見てきた、と気づく。その過程を見てもいなければ、そもそも結果すらもふんわりとしか知らない。
父親の期待に応えるには、クラレスの言う通りのことが必要だと分かった。
「お前は……何者なん、ですか」
「言ってたじゃないか。追放者だって」
「そう、なのだが……」
「まぁでも、そうだな……俺のことを追放者だと言いながらも、そんなやつの言う事に聞く耳を持ったのは評価してやる。こうして路地裏を視察することもな。だから――一年だ。俺は一年こいつを預かってやる。お前が手を差し伸べられなかったのを、俺が代わりにやってやる。その代わりにお前は立派な貴族になってみろ。一年後またここで待っているからな」
クラレスはそう言ってカールとともに歩き出し、数歩行ったところで空気に溶けるように二人の姿が消えた。
――それから一年後。
クラレスは貴族として、そして人間として成長したサフェルに再会した。
十分に信頼できると判断したクラレスはカールを引き渡し、今後の扱いを任せると言い残して二人の前から去っていった。
それからさらに数カ月後、魔道具師としての才能があると伝えられていたカールはサフェルの助けを得て、三人が出会ったこの路地裏に魔道具店をオープンした。




