第3話 カール
「久々だな、カール」
スリから硬貨の入った巾着袋を取り返してから少しして。
一見店があるとは思えない建物に、クラレスはズカズカと入っていく。その後ろからルインは、少し躊躇いながら恐る恐る入店する。
認識阻害によりカールからも「クラレスである」ことを認識されないので、その証明として持ち歩くとあるメダルを、奥で暇そうに座っている男に見せる。
「んー? お、クラレスじゃないか。久しいな、いつぶりだ?」
「いち……いや、二年ぶりか?」
「オレには寿命があるんだからもっと来てくれてもいいんだぞ」
「やだよ、面倒くさい。そんな頻繁に来る場所でもねえだろ」
「用が無くても来ていいんだが……っと、そちらのお嬢ちゃんは?」
カールが友人との数年ぶりの再開で、話に花を咲かせていると、クラレスの背中に隠れるように立っているルインに気づく。
魔道具店の店主であるとは思えないほど、戦士のように屈強な肉体と目つきの悪い顔立ちに、ルインはひっと怯える。
「ったく、子供を睨むなカール」
「睨んでねえよ。もともとこういう顔なだけだ」
「こ、子供じゃないですっ」
クラレスの認識阻害によって、カールは少女が貴族の娘であることに気づかない。
事実を言ったらいろいろと面倒くさいことになるだろうと思い、クラレスは「迷子の子供を拾っただけだ」と説明する。
「へえ、お前が?」
「悪いか」
「別に悪かねえけど、そんな奴だったか?」
「困っている人間を助けるのは、同じ人間として当たり前のことだろ。子供ならなおさらだ。大人が助けなくて何になる」
「普通ならそれが当然で最高の考え方だが、お前に至ってはその限りじゃないだろ。人間でお前のことを嫌っていない奴なんて、オレと……まぁあと、その嬢ちゃんくらいじゃないか」
「え、クラレスさんに何があったか知っているのですか!?」
事情を知っていそうな口ぶりであったカールに、ルインは恐怖心など忘れてぐいっと詰め寄る。
突然元気になったルインにカールは驚きつつ、訝しげな視線をクラレスに向けた。
「……何も知らないやつをそばに置いているのか?」
「ずっと一緒にいるわけじゃないし、そのつもりもない。安心しろ」
「そういうことらしい。悪いな嬢ちゃん、こいつの許可がない限り何も話さない約束なんだ」
クラレスだけでなくカールにも拒絶されてしまったルインは、わかりやすく肩を落として落ち込む。
本当に何も知らない様子であるルインを見たカールは、何故か少し悲しそうにルインを見つめる。しかし次の瞬間には、いつもの無愛想な表情を取り戻した。
「んで、用が無いと友人にも会いに来てくれないクラレスくんは、オレになんの用かな?」
「今さ、純粋な魔石って余ってるか?」
魔石、つまり魔物や魔族の心臓部である。
人間が全員心臓を持っているように、魔物や魔族たちも皆魔石を持っている。
魔石が大きい者ほど魔力放出量が大きくなり、単純に強さが増すというわけだ。
しかし、クラレスの言う『純粋な魔石』というのは、魔物や魔族を倒したら落とす一般的な魔石とは僅かに異なる。
大量の魔力が詰まっている魔石ほど、その価値は比例するように上がっていく。
だが、純粋な魔石というのは、それら魔石から人間の手で魔力をすべて引き抜いたもののことを指す。
販売するまでに一度人間の手を挟むだけでなく、その使い道が大きく限られているので、わざわざ製造する人は数えるほどしか存在しない。
それに加えて、魔石から魔力を引き抜く技術も相当難しく、値段もかなりする。
「また珍しいもんを……そんな面倒くさいもの作ってねえよ」
「そうか……作るとしたらどのくらいかかりそうか?」
「作る分には一日あればできるぞ? ただ、純粋な魔石作るようの魔石がねえよ」
保有魔力量で価値が決まる魔石とは違い、もとがどんな魔石でも価値が変わらない純粋な魔石は、使い道がないほど微力な魔力しか持っていない魔石で作られるのが一般的だ。
そんな売り物にもならない魔石をわざわざ保有している商人など無に等しいだろう。
「それなら問題ない。魔石は俺が準備するから作ってくれないか?」
「……まぁ、そういうことならいいぞ。ただ、まぁまぁ面倒くさい作業だからその分の金も取るからな」
「そこは友人価格でなんとか……」
「駄目だ。そういうことしたやつから商人として腐れていくってもんだ」
「ははっ、二年経っても変わって無くて安心したわ。安心しろ、もとから支払うつもりだった」
「はぁ……お前は人を試す癖を直すことだ」
クラレスはバッグを背中から下ろす。
チャックを開けると、その中から十個以上の魔石を次々取り出す。
「な、なんか多くないですか?」
「そらぁ、このオレが作った魔道具だからな」
ルインの困惑した顔を見たカールは、心底嬉しそうな声色で自慢気に話す。
ニコッと歯を見せて笑うが、もとの強面のせいでルインはまた怯えてしまう。
「このバッグには空間魔法を掛けていてな、制作者の技量にはよるが見た目以上の内容量になる魔法のバッグだ。クラレスが持っているコイツは、馬車の荷台程度ならすっぽり入るんじゃないかな」
「欠点としては有限なことだな」
「うっせ。お前が異常なだけなんだよっ」
カールは受け取った魔石を一個クラレスに投げつける。
やったな~、とクラレスが反撃をしているが、その背後でルインは一人状況が理解できないでいた。
今は家出しているとはいえ、ルインは貴族として多くの教育をされてきた。
だからこそ、空間魔法の扱いがとてつもない難しさであるということを知っていたのだ。魔術師や魔道士となっても、扱えるものはかなり限られると聞く。
さらに、魔法を扱うことが難しければ、当然それを物に付与して安定させる難易度も上がる。
ルインは、カールがとてつもない職人であることを思い知るとともに、ルインの大魔法使いという言葉が嘘ではないことに気付かされる。
「何個くらい作ればいい?」
「四個頼む」
「四個でいいのか? なら残りは……」
「あげるよ。代わりに技術費は無しな」
「無しどころか、先に売ってたらお釣りが出るぞ……分かった。引き受けよう。明日の同じ時間くらいにまた取りに来てくれ」
「了解」
ルインが二人の実力に驚いている間にも着々と話が進んでいき、クラレスとカールの契約が完了した。
「じゃ、帰るぞルイン」
「か、帰るのですか? またあの距離歩かないといけないんですかっ!?」
「安心しろ。俺だって1日中歩きたくねえよ」
「で、ですよね……それじゃ、宿探しましょ――」
「走るぞ。日が暮れてしまう」
「話が違うじゃないですかっ!!」
ルインが泣きわめきながらも、二人は店を後にする。
しかし店を出た瞬間、クラレスは僅かな違和感を察知した。
「宿探しましょ――」
「止まれ」
「わっ……とと、どうしたんですか?」
クラレスはルインの問いかけを無視して片膝をつき、右手を地面に当てる。
そして、表情が険しく、そして鋭くなった。
「――……やっと見つけたぞ、クラレス」
男の声がしてクラレスが顔を上げると、何十人もの衛兵が魔道具店の周りを囲っていた。そして、二人に切っ先が向けられる。
「妨害魔法か、やるな」
「カールの情報提供だ。認識阻害魔法を使ってこの国に出入りしているとな。国中に設置型の妨害魔法が張り巡らされているから、もうお前の逃げ場はなかったというわけだ」
認識阻害魔法は、字のごとく他人からの認識の阻害がされる。
しかし、どこまでいっても魔法であることには変わりないので、今回のように妨害魔法などを使われてしまえば正体はすぐにバレてしまう。
クラレスは振り返り店内にいるカールを見ると、右手の親指と人差し指、中指の三本を立ててひらひらと振る。
どうやら衛兵の話は本当のようだった。
「く、クラレスさん……っ」
「ん……そちらはルイン様ではないですか。当主様が心配なされてましたよ。しかしまさかクラレスと行動しているとは……」
「先に行っておくが俺は何もしてないからな。せめてコイツだけでも解放してやれ」
逃げるつもりはないとクラレスは両手を上げる。
クラレスの話を聞いたリーダー格の衛兵は周りの衛兵に相談する。
「だめだ。お前と関わっているような奴だと何をしでかすか分からん」
しかし、クラレスという異分子であり脅威ですらある存在を加味して、クラレスの願いは受け入れなかった。
その後、二人は衛兵たちに連行され、王城の地下深くにある牢屋に入れられた。




