第2話 王国
「はぁはぁ……」
「お疲れさん。もう着くぞ」
「ま、まだ数キロはあるでしょう……」
大森林を熟知しているクラレスによって最短ルートを進んできた二人は、一時間程度で森を抜けた。
ここからアスティール王国までは広大な草原が広がっており、入口の門までは土で道も整備されている。
足場の悪い大森林よりは快適に歩けるだろう。
「そういえば、クラレスさんはなぜ大森林に住まわれているのですか?」
ようやく会話をする余裕ができたルインは、早速気になっていたことをクラレスに質問する。
王国に行って珈琲の粉を買うこと以外、何をするのか全く知らされていないルインは、何一つ荷物を持っていない。しかい、長身かつ歩幅を合わせようともしないクラレスに追いつこうと必死に歩く。
「俺は人間じゃないからな。ルインも、野生の狂気じみた獣と一緒に暮らしたくないだろ? そういうことだ」
「えっと……? クラレスさんは人間ですよ?」
「種族的な話だとそうなんだが、それだけの話とはならないんだよ。お前みたいなガキンチョに話してもしょうがないし、それ以上聞くな」
「が、ガキンチョじゃないですっ」
「何歳なん」
「十五! 今年で成人、立派なオトナですっ!」
「ガキじゃねか」
背中まであるウェーブのかかった銀髪を振りながら、クラレスの言葉を必死に否定してくる。
ルインは一五◯センチ程度の身長しかないことも相まって、成人を迎えているとは到底思えなかった。
「……まぁいいです。別の質問します。クラレスさんってどうやってお金稼いでるんですか? 大森林の中に住んでるし、森を出ることもあんまり無いみたいなこと言ってたから気になったんですけど」
「詳しくは秘密。職業は――大魔法使いだ」
「大魔法使い?」
魔法を使う職業は主に二つ存在する。
回復魔法を使う『聖職者』と、その他全般の魔法を使う『魔法使い』である。
聖職者は教会で修行を積むことによって回復魔法を手に入れるのに対し、魔法使いには様々な派生が存在する。
その中でも特に極めた者たちは、いずれ『魔術師』や『魔道士』と呼ばれるようになっていく。
しかし、そこに『大魔法使い』というものは存在しなかった。
ルイスはいろいろと考えた結果。
「……自分で"大"とかつけちゃう、イタい人?」
「お前そういうこと言ったら駄目って教わらなかったのか?」
自力では魔術師や魔道士になれないから、自分で勝手に大魔法使いと呼んでいるということに辿り着いたが、クラレスにドスッと頭を叩かれてしまう。
「いったぁ!? なにするんですかっ!」
手加減を知らないようで力強く叩かれたルインは地面にしゃがみ込み、痛みにこらえるように頭を押さえる。
「お前が変なこと言うからだろ。それよりほら、王国に着いたぞ」
「え? 何言ってるんで……って、え!?」
クラレスの言葉にルインが顔を上げると、つい先程までぼんやりとしか見えていなかった王国を囲む壁が、目の前まで迫っていた。
おかしいことは明らか。そして、わざわざ強く叩いてルインの視界を奪ったクラレスが何かしたということも明らかだった。
「詮索はなしだ」
「ぐ……まだ何も言ってません」
「顔が言ってた」
しかし、先に例の言葉を言われてしまい、ルインには何が起こったのか知ることができなかった。
それよりも大きな問題に気づいてしまった、というのもある。
「あの……今更なのは分かっているんですけど、王国に行くのはちょっと気まずいというか……」
ルインは門にいる入国審査官を見て立ち止まる。
アスティール王国のテレーゼ男爵家に身をおくルイン。
家出してきた国に自分から戻って来るという状況の恥ずかしさと、テレーゼ家の者と遭遇したときの気まずさに、思わず弱音を吐いてしまう。
「安心しろ」
「え、ちょ、ちょっと……っ!」
しかし、そんなことはお構い無しにルインの手を引いて門へと向かうクラレス。
(クラレスさんは大丈夫でも、私は絶対に顔がバレてる……)
仮にも貴族の令嬢なのだ。
検査官がその顔を覚えていないはずがない。
――……と、思っていたのだが。
「なんで……」
気がついた頃にはアスティール王国内部に二人はいた。
検問には一切詰まることなく入国に成功したのだ。
「その服」
「え?」
「俺もお前も着てるその服、認識阻害の魔法が組み込まれた魔道具なの。もともとは俺の入国が禁止されてるからその回避方法として使ってたんだけど、ちょうど今回役に立ったな」
「え、入国禁止されてるんですか!?」
「言ってなかったっけ。誰が人を食らう獣を隣に置きたがるかってだけの話だ。数年前からどの国からも入国禁止令が出されてる」
「言ってませんよ……そのあたりの話を私は聞きたかったんですけど、」
「詮索は無しだ」
「ですよねぇ……ほんと、一体何をやらかしたんですか」
クラレスは立ち止まることなくスタスタと街道を突き進む。
明らかに入国が禁止されてから数年が経っている者の動きではない。それもそのはず、クラレスは今回と同じ方法で既に何度も入国しているのだ。
真っ先に珈琲専門店に行き、目的の粉を購入する。
「次はどこに行くんですか?」
「古くからの知り合いの魔道具店があってな。そこに寄らせてくれ」
その服を作ってくれた奴だ。クラレスはそう付け加え、国の最も主要な街道から一本脇道にそれる。
さらに奥へと進んでいくと、一気に人気が少なくなり不気味な雰囲気を感じる。
恐怖すらも感じてしまったルインは、わずかにクラレスに近寄る。
その瞬間。
ドンッ!
「きゃっ!」
突然クラレスとルインの間に割って入って体当たりしてきた男によって、ルインは尻餅をついてしまう。
しかし、男は立ち止まることなく、また勢いも衰えることなく走り去っていった。
その手に巾着袋が握られているのをルインは発見した。
「く、クラレスさんっ! スリです! 大切なお金が入った巾着袋が……っ!」
「うるさい。分かってる。ったく、面倒なことを……」
盗みにあったことに激しく焦るルインとは裏腹に、クラレスはいつもと一切変わらないほど冷静であった。
「そ、そんなに落ち着いてる場合では――っ」
「あ"~……まぁいっか。ルイン、これから見ることは誰にも言うなよ?」
「え? は、はい……」
いつも通りルインの言葉を遮り淡々と話してくるクラレスに、ルインは半ば反射的に頷く。
クラレスは右足を僅かに地面から離すと、ダンッ! と力強く地面を蹴り鳴らした。建物と建物の間を、鋭い轟音が駆け巡る。
あまりの迫力にルインは肩をビクリと震わせた。
やがて音が収まると、クラレスはおもむろに右腕を前に伸ばし――ルインが瞬きをしたその瞬間。
「はい、残念」
その右手には先程スリをした男の首元が掴まれていた。
クラレスは何が起こったのか全く理解できないルインの前で、同じく理解できない男の手から巾着袋を取り返す。
そして右手を開き男を解放すると、
「あまり相手を見誤るなよ」
クラレスはその一言だけを言い残した。
男はまるで人ではないナニカから逃げるように走り去っていった。
「あなたは、一体……」
ポカンと口を開けることしかできないルインに、クラレスは――
「ただの、人間じゃない大魔法使いだ」
――昔のことを思い出しながらそう言った。
――十年前、アスティール王国にて――
「は? お前、初級魔法が使えないの?」
クラレスは所属していた冒険者パーティーのリーダーに、そんなことを言われてしまう。
この時クラレスは、アスティール王国一番の冒険者パーティーに魔法使いとして所属していた。全員、他の冒険者には一切引けを取らない、史上最高の四人パーティーとまで言われていた。
しかし、その中でも特にクラレスは頭一つ抜けていた。
その辺の魔法使いどころか、魔術師や魔道士、ひいては宮廷魔法使いでも使えないような魔法を、魔力切れを知らないのではないかと思ってしまうほど大量に使うことができた。
それは、一部の冒険者キモがられるほどであった。
そんな中、とある大型の魔物の討伐に成功したあとの労い会で、クラレスは初級魔法が使えないことをカミングアウトした。
「あぁ。中級以降は練習すれば使えるようになるんだが、初級魔法だけはどうしても使えなくてな……」
「あー、だからいつも短剣を持ち歩いているのか」
「そういうこと。近距離に近づかれた魔物に魔法ぶっ放したら俺も死んじゃう」
「けど、初級魔法を覚えずに中級魔法に行く奴なんていたんだな。あれ、人間が魔法を使うためのものなのに」
もともと、人類は剣、魔族は魔法で戦うものとされてきた。
そういう傾向、とかではなく従来の身体構造により使えなかったのだ。
しかし、今から約千年前。
人間も魔族のような力――後に魔力と名付けられるものを持っていて、使うことができると判明した。逆に魔族も、魔法なしで戦えるように進化してきた。
だが、人間の中で魔法を使えるものは極少数しか存在しなかった。
肉体の鍛え方を変えるだけで剣でも戦えるようになる魔族とは違い、人間は未知の力を使いこなす必要があったからだ。
扱い慣れない力を使うためには。
そのことが数百年間考えられてきた結果生み出されたのが――初級魔法なのだ。
そう、人間はもともと存在しなかった魔法の基本を生み出したのだ。
これにより、人間にも魔法という存在が広く浸透していった。
とはいえ、そんなことは雑談の話題の一つでしかなかった彼らは特に気にしていなかった。
――問題が起きたのは、周りでその会話を聞いていた、クラレスを忌避していた者たちが原因だった。
「ま、魔族……」
怯える声が聞こえてきて、クラレスたちのパーティーは振り返る。
そこにはクラレスを指差して腰を抜かしている男性冒険者がいた。
「み、みんなっ! あいつは、クラレスは、魔族だったんだ! そりゃそうだ……人間があんな魔法使えるわけがないんだ!!」
そして、一切事実とは異なることを大声で叫びだした。
ここは酒場。冒険者が多く集まる場所。魔族と言われればクラレスから距離を取る者も現れた。
「な……何を言ってるんだ?」
突然意味も分からないことを叫ばれて、怒りを覚えることすらも忘れて困惑してしまう。
だが、強く否定しなかったことが仇となった。
「初級魔法を使えずに魔法を使う奴が人間にいるわけがない! 千年前の先人たちがどうなったか知ってるか? 人間の国から追放されたんだよ! こいつも……こいつもこの国から追い出すべきなんじゃないか!?」
本来なら誰も信じない虚言である。
しかし、その対象であるクラレスは人間じゃないという噂がもともと囁かれ続けていた。
その噂を信じていない人でも、「初級魔法が使えない」という事実は、『クラレスが魔族である』ということを信じる材料として十分だった。
現在の時代において、魔族はみな初級魔法を使えず、人間の魔法使いはみな初級魔法を使えるというのは有名な話なのだから。
クラレスのパーティーメンバーはそのことを否定し続けた。
それでも、広まる噂や千年前の事実、人々の恐怖心のもとでは焼け石に水であった。
クラレスは一度自分のことを話したあと、たった一ヶ月ですべての人間の国から入国禁止令を出された。




