関東不介入宣言
「越後は関東には介入せぬ。ただし和議の使者が必要な時は引き受けることやぶさかではない」
と言う書状を山内上杉の使者に持って帰らせて、出兵すべし派の領主には「各々の判断で勝手に出兵してもいいけど、帰ってきたら領地はなくなってるかもしれないよ」と優しく教えてあげて、越後は今日もエッチラオッチラと新田開発に勤しんでいる。
なお、北条氏には以前に外交・諜報部門から
「三国峠を越えて越後までは侵攻しないでくださいね。三国峠を越えたら、佐渡は北条氏を敵国認定します」
との書状を送っている。
史実だと、そのうち北条と武田が攻め上がってきて、山内上杉の憲政が(高梨も)越後に逃げてきて、景虎に上杉と関東管領を継がせて上杉政虎(後の謙信)の出来上がりだ。
そうなってしまうと北条と消耗戦になってしまうので、関東管領は北条に任せた方がいい。
でも、目の前に関東管領がぶら下がってしまうと、長尾家も欲しがるかも知れないし、そしたら新田開発の貸し付けの取り立てに支障が出るかもしれない。
今開墾している新田の貸し付け分の回収は、まぁ大丈夫だろう(今、どこかが攻めてきたら全面協力で追い返す)けど、十年後とかは回収まで考えて貸し付けをしないと危ないかも知れない。
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サーワ1号とサーワ2号がそれぞれ蝦夷と博多に直行便として出航した。
直行便は商船ではなく、それぞれ蝦夷の留学生のフォローと、博多を拠点として軍艦島の炭鉱夫と台湾の入植者へのフォローのための船と言うスタンスで行き来させる。
遠山丸がドックから出てきたら、台湾南部入植計画第二弾として出航させる。
安宅クラスの和洋折衷船が完成したら、いよいよパクリ北前船の本格始動だ。
ここらで今までの航海の記録を書き出しておこう。
●第一弾蝦夷行き
船:黄門丸、助さん丸、格さん丸
荷物責任者:林主計、磯田徳兵衛
穀類を積んで行き、昆布大量と数の子、干し鮑、干しナマコ、砂金、木材、漆器、紙、麻布、馬等と銭を仕入れて帰ってきた。
身欠き鰊の製法を伝え、石炭採掘を依頼してきた。
●第一弾博多行き
船:黄門丸、助さん丸、格さん丸
荷物責任者:林主計、磯田徳兵衛
昆布を少しと木材と馬を降ろして、他は蝦夷から積んだまま博多へ。
生糸、陶磁器、ガラス玉、唐辛子、南瓜、甘藷、米、酒、衣類、ロウソク、綿花等と銭を大量に仕入れて帰ってきた。
●第二弾蝦夷行き
船:遠山丸、赤連丸、青連丸 大岡丸、黃連丸、緑連丸
荷物責任者:北見茂三郎、坊ケ浦主膳
第一弾と同様に穀類を積んで行き、昆布大量と製法を伝授した身欠き鰊、肥料、数の子、干し鮑、干しナマコ、砂金、木材、漆器(多め)、紙、麻布、馬等と銭を仕入れて帰ってきた。
ゴサク、ハチ、トミ、ナツ、タカ、マサ、小一郎、平二郎を留学させてきた。
●第三弾蝦夷行き
船:黄門丸、助さん丸、格さん丸
荷物責任者:林主計、井田尋季
穀類と新たな留学生二人を積んで出航。
●第二弾博多行き
船:大岡丸、黃連丸、緑連丸
荷物責任者:北見茂三郎、坊ケ浦主膳
蝦夷からの荷を積んだまま博多へ。
豚、ロバ、ジャガイモ、トウモロコシ等と銭を大量に仕入れて帰ってきた。
●台湾南部入植計画
船:遠山丸、赤連丸、青連丸
計画責任者:池田直正
第一弾入植者といろいろ要るもの持って行きました。
博多で手に入れたサトウキビも積み込む。
途中、軍艦島に上陸して領有してから台湾へ。
赤連丸と青連丸を残して遠山丸だけ帰還。
池田直正は台湾に残り、博多で黄門丸に乗っていた井田尋季が乗り込んで帰ってきた。
●第三弾博多行き
船:黄門丸、助さん丸、格さん丸
荷物責任者:井田尋季、多田三助
蝦夷からの荷を積んだまま博多へ。
博多から第一弾堺行きとなる。
●第四弾蝦夷行き
船:大岡丸、黃連丸、緑連丸
荷物責任者:磯田徳兵衛、舟代源三
いつものごとく穀類を積んで、留学生の母子二組を乗せて出航。
●第一弾堺行き
船:黄門丸、助さん丸、格さん丸
荷物責任者:多田三助
博多で仕入れた明の商品と銭を積んで堺へ。
瀬戸内各寄港地で麦と豆、堺で大量の米を仕入れて帰ってきている途中。
その際に船に積む以外にも米を買い付け別便で佐渡に送った。
●蝦夷直行便
船:サーワ1号
●博多直行便
船:サーワ2号
作者がわからなくなっているので、航行のまとめページです。




