帰って来たパクリ北前船
新保、宮川の収穫も終えて塔ケ崎の収穫にかかる頃には、北条城を囲んでいた上条上杉軍は、為景率いる府中長尾軍の猛攻を受けて撤退し始めた。
しかし案の定、上条上杉の挙兵に呼応した上田長尾家が自領の収穫を終えるやいなや挙兵準備を始めた。
同じく、為景とは何かと反目し合っている越後の北の雄、村上の本庄氏も挙兵かと言うときに、突如村上の港がいつにない大賑わいをみせた。
このタイミングで蝦夷から黄門丸と助さん丸、格さん丸が帰ってきて、村上の岩船港に入ったのである。
追ってすぐに、鯨波の船団も寄港し、佐渡と鯨波から他の船も集まってきて港はお祭り状態になった。
その後、船団は蒲原、直江津と南下し、その間、海上は佐渡と鯨波の船の行き来が絶え間なかった。
この佐渡と鯨波の船団が一体化している港の様子をみた村上の領主、本庄房長は考えた。
『この水軍にもし敵にまわられたら、こちらが出兵している所の後ろをとられてしまう。背後から攻められたり、手薄になった城を攻められることもありうる。挙兵は佐渡の動向を慎重に見極めなければならない』と。
(少なからず歴史への干渉が起こっている)
本来なら揚北衆の中でも率先して府中長尾家に反旗を翻しそうな本庄氏が挙兵を躊躇している中、上条上杉ー上田長尾軍と府中長尾軍が睨み合う。
為景が援軍を依頼したのは佐渡ではなく、位置的なこともあるのだろう信濃の高梨氏へだった。
(こちらはやや早いけど歴史通り…)
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塔ケ崎の領地の収穫も終えた刈り取り部隊は、パクリ北前船が帰って来て羽茂の港(小木港)に寄港した時のやり取りを受けて、塔ケ崎の村の南東側に壕や柵を作り、クロスボウ部隊が矢を射かけやすいように低めの櫓を築いた。
その間、潟上本間佐渡大膳高康はクロスボウ隊100人、槍隊100人を率いて、自領の周りを勝手に警備し始め、結構な頻度で遭遇する乱妨取り集団を討伐してまわった。
(実は乱妨取り集団は旗印など持ってないため、為景側の軍の集団も討伐してしまっている)
以下は小木港での立ち話評定のやり取り。
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「ショーゴ、刈り取り部隊は刈り取りが終わったらどうする?」とサダカネ。
「塔ケ崎の村は春日山から上田に少し向かった所にあるので、村の上田側を砦化しましょう」と俺。
「他の村はいいのか?」とマサヤス。
「正直なところ、佐渡国内が整備しきれてないので、まだそこまで越後に人員を割けません。砦ができたら越後の人員は元の人数に減らして、一旦引き上げましょう」と俺。
「春日山から正式に援軍要請がきたらどうする?」とタカスエ。
「その時はあらためて佐渡から派兵いたしましょう」と俺。
「で、この船が博多に向かって出航る時に即位の礼のための貢納使隊を派遣するんじゃな」とアリヤス。
「はい、高信様が晴景様に献金の話をしたところ、春日山からも献金することになったそうです」と俺。
「わしは行かん方がいいのか?」とアリヤス。
「それなんですが、春日山からの献金の話が出た時に同道も考えたのですが、春日山からは現在、近江に公方様がいるので、敦賀から琵琶湖を渡って公方様に挨拶をして、公方様から近衛家を通して献金するとのことです」と俺。
「ふむ、そうじゃろうな」とアリヤス。
「佐渡は公方様を通さずに九条家から献金したいので、小浜から途中越えで、あくまでも即位の礼のための貢納使として通り過ぎたいのです」と俺。
「わしが行くと、公方様に挨拶をしてから京に向かえと言われそうと言うことか…」とアリヤス。
「はい、それで挨拶しようものならその時に、やれ大軍で上洛して京に戻せだのなんだの言われそうですし…」と俺。
「自分にも献金せよとかいいそうじゃの」とタカスエ。
「本来即位の礼の金は公方が出すべきなのじゃが」とアリヤス。
とか、なんとか…
佐渡では蕎麦が多かったけど、越後の領地では米以外には粟が多かった。
みんなドロドロのオートミールのようにして食べていたので、蒸してついて餅にしてみた。
飲み食い屋のメニューに追加できるかな…




