蝦夷へ出航!
【各部門進捗報告】(続き)
◯技術・開発部門
ここは一番ヨコのつながりが欲しい部門だ。
和泉本間豊季の下に北方本間十郎と吉岡本間直方を配して、各部門が(主に俺が)「作ってくれ」「探してくれ」と言ったものの進捗管理をしてもらう。
新たに頼んだことは、レンガができ始めているので「レンガで窯を作って、とにかく陶器でも、磁器でも、ガラスでも、なんでもいいから焼いてみてくれ」と言うのと、「空き家があったら床下を掘り返して、土を石花に運んでくれ」と言うのと、組屋さんと神屋さんに、「明から鉄砲を仕入れられないか?」等々だ。
種子島はまだまだ出回らないだろうけど、この頃、明には確かフレックスかナントカって銃が、もうあるはずだ。
◯文化・芸術部門
他の本間様がいるのなら、みんな久知本間正泰の下についてもらい、剣術部とか蹴鞠部とか囲碁・将棋部とか茶道部とか、みんなそれぞれ得意な何かしらの倶楽部活動を主催してもらい、文化水準を高めてもらう。
能楽堂は何ヶ所かあるらしいので、能は佐渡をあげて振興するとして、諜報部門で言ったように、地方地方から旅芸人を呼んで芸を披露してもらえるように、能楽堂とは別に舞台を作ってもらいたい。
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そして俺が逆行転移してきてからまる一年以上が過ぎ、田植えも終わった頃に、いよいよパクリ北前船の第一弾が完成しました。
パチパチパチ(*´꒳`*ノノ゛
船体は関船だけど、帆がヨットっぽい和洋折衷船だ。
同時に小早クラスの船も何艘か作ると言っていたが、こちらはハーモ1号を少し大きくした、まさにヨットそのものが二艘できてきた。
関船を「黄門丸」、ヨットをそれぞれ「助さん丸」「格さん丸」と名付けよう。
まずはお向かいの鯨波にお披露目に行く。
「小太郎殿、参りましたぞ」
高信様が黄門丸の上から鯨波の頭目、小太郎に話しかける。
「おお、ようやっとできとーや」と小太郎。
黄門丸は本体が和船なので、鯨波の港にも寄港することができた。
松ヶ崎と鯨波は、あれ依頼、度々行き来する仲だ。
「そちらの案内の衆の準備ができましたら、出航してもらおうと思っているのですが、いかがでしょうか?」と俺。
「三人ほど付けよーやし。途中二人は寄った先の港で交代させよるけど、一人は最後まで付けよーよ。こっちは明日にでも出せるとね」と小太郎。
「そうですか。では、黄門丸と助さん丸、格さん丸に一人づつ乗ってもらってください」と俺。
実は鯨波からは、うちが行く前に十三湊までの寄港地の再確認と、途中の同輩水軍との結束を強めるとの名目で、一月ほど前に今回のうちの船団と同じ構成(関船一艘と小早二艘)で先発隊が出航済みだ。
正月の面談以降、越後の長尾家とは友好関係を深めており、長尾ー薩摩屋ラインが鯨波の船に俵物を満載にして送り出した。
蝦夷では、俵物はあればあるだけ喜ばれるだろうし、こちらとしても、道をつけてもらう意味でも大歓迎だ。
パクリ北前船の第一弾の船団長は羽茂の林主計殿、河原田からは磯田徳兵衛が随行する。
久万吉、隠岐之助をはじめ、松ヶ崎水軍衆と鯨波の案内衆、それに組屋、神屋からも商人が派遣され、蝦夷に向けて出航だ!
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河原田城評定の間
一団を見送った面々の中から、俺はサダカネ、アリヤス、クロード、ゴローザ、ムコどの、そして組屋さんと神屋さんに集まってもらった。
佐渡がなんとなく上手くまとまって、順風満帆の船出をしたような気になり、少しここから先の出来事に、どの様に関わって行こうか…
はたまた、なるべく干渉しないでいこうか…
方向性を話し合いたいと思って…
トクベーには神屋さんが筑後の三池で探して来てくれた石炭を持たせて、「これを掘ってきてくれ」と蝦夷の人々にお願いするように託した。
神屋さんは神屋さんで、三池や筑前、豊前らへんで炭鉱にも手を出し始めている。




