鯨波の小太郎
その日は高信様達は帰って行き、翌日俺はマイ船パートⅡで羽茂まで行って、そこからハーモ1号でまずは対岸の柏崎へ向かった。
「柏崎の奴らはあの辺が拠点だちゃ」
久万吉が浜の方を指さして言った。
久万吉の指さした方にスイスイと近づくハーモ1号。
すると、その指さしたところから何艘かの小早クラスの船が、こちらに向かってきた。
「珍しい船じゃなあ。わしらの所に向かっちょるのか?」
先頭の小早に乗っていた男が声を掛けてきた。
「佐渡から来ました。俺は河原田藍原蔵人様の家来で菱田翔吾。こちらは羽茂本間家のご嫡男、三河守様と配下の林主計様、それに佐渡松ヶ崎の久万吉殿です。柏崎の水軍の頭にお話がありご挨拶に来ました」
と、俺も船越しに返事をした。
「おう、わしが柏崎鯨波の頭目の小太郎じゃ」と船の男が名乗った。
浜からこっちに向かってきた五艘の小早は向きをかえて、こちらのハーモ1号に並走するようにして、また船越しに鯨波の小太郎が、
「わしらの拠点に案内するから着いてこーて」
と言ってきた。
「わかった」
と着いて行こうとするが、ハーモ1号がはやいのでむこうの船を抜かないようにするのが難しかった。
案内された浜は越後柏崎の鯨波浜と言う浜らしい。
砂浜で、むこうの五艘はそのまま浜に乗り上げていった。
うちのハーモ1号は、いくつか設置されていた短い桟橋に既に係留されている船に横付けて停めさせてもらった。
船を降りる前に小太郎をはじめ、鯨波の海賊(船員)たちがハーモ1号に集まってきて、
「帆のかたちが変わっちょるのお…」とか、
「船底がとがっちょる」とか、
ハーモ1号の鑑賞会が始まった。
「三角の帆は向かい風を抜いて受けてして、ギザギザに進めるっちゃ」とか、
「底がとがっちょると波を切って速く進めるっちゃ」とか、
久万吉が説明していた。
ハーモ1号の鑑賞会が一通り終わって、柏崎(鯨波)水軍との会談に入る。
(また名刺を渡して挨拶をするところから)
「で、暖かくなる頃に船団を組んで、蝦夷まで行って帰ってこようと思っているので、まずはご挨拶と、後、こちらの管轄水域の確認に参りました」と俺。
「おう、そりゃあ殊勝なこっちゃの。そんならすぐに北に向かわんと、一旦こっちゃ寄ってから行かれーて」と小太郎殿。
「その方がよろしいので?」と俺がきくと、
「十三から鯨波までは、まぁ野代の同輩だで」と小太郎殿。
「えっ、こちらは越後の水軍だと思っていたんですが、安東方なんですか?!」と俺。
「やぁ、どっち方もねぇっちゃ。わしらぁ青苧を敦賀まで運ぶんが多かち、越後の仕事ばあしちょっちょね」と小太郎殿。
「そうなんですね」と俺。
「こっちゃ寄ってから行くんなら、案内するもんつけてやるっちに」と小太郎殿。
「それは有り難い」と俺。
「わしらも土崎くらいまではたまにいくだち、途中の港、港のつなぎは任せんね」と小太郎殿。
「案内料ははずむんで、是非ともお願いしたい」と、俺は小太郎に言うと、高信様には、
「三河守様、北行きは大丈夫そうですよ」と言った。
鯨波と松ヶ崎との港協商のようなものを交わし、特に鯨波側がうちのハーモ1号に興味津々なので、松ヶ崎での造船に鯨波から労働力を提供する留学のようなかたちで技術供与もすることになった。
鯨波の小太郎は小太郎と言う名前だが、どちらかと言うと王仁吉と同年代なので、そっちも顔合わせをして、久万吉には鯨波の若い衆と親交してもらおう。
そんなわけで、北行きの挨拶まわりは鯨波だけにして、次は南に向かおう。
(寒いしね(;´∀`)
十三湊って、この頃は機能してないんだっけ?
北行きの挨拶まわりと言いながら、方角は南に向かってるし…(;´∀`)




